第3話 王都ラダムス

 魔力が激しく火花を散らし、閃光を放つ。

 瞬間的に身体が降下し、地面に引き寄せられる。


 雷鳴が轟く。


 激しい落雷と共に着地し、衝撃で地面が焦げ付く。


「――ふぅ……。転移は相変わらず魔力の消費が激しいな。便利っちゃ便利だが……。ここが王都――」


 巻き上がった煙が晴れると、そこは深い森の中だった。

 見渡す限りの木々。


「――じゃないみたいだな。少しずれたか……?」


 どうやら王都ラダムスではないらしい。


 俺はシェーラに渡された地図を開いてみる。

 俺の出発したローウッドに指を添え、そこから俺が飛んできた道を辿る。王都ラダムスから少し西に行ったところに森がある。恐らくはここか。久しぶり過ぎて少し飛び過ぎたか。


 この距離なら歩いても行けるな。少しはのんびりと歩くか。


 俺は地図をしまうと、東の方へ向かって歩き始める。


◇ ◇ ◇


 俺は約二年ぶりに王都の地に足を踏み入れる。


 冒険者時代、一度だけ王都への荷運びというC級クエストがあった。それ以来と言う事になる。何故だかシェーラは王都へ行くのを嫌がった為、クエストで来るまでは一度も来たことがなかったのだ。特に王都に来る用事もなかったし、俺も行こうとは思わなかった。


 王都は人で溢れ、そこかしこに笑顔が溢れ、活気がある。

 道も入り組んでおり、一歩でも路地裏に踏み入れればあっという間に迷子になりそうだ。


 レグラスでの試験にはまだ時間がある。

 本来なら何日も前に出発し、宿に泊まって準備――と行くところだが、俺なら魔術で一日どころか一瞬で来れるのだ。


 とりあえずどこかで時間を潰すか。


 俺は目に入った酒場に入ると、適当に空いている席に座る。ソーダ水と骨付き肉を注文し、一息つく。


 試験は半日かかるとシェーラが言っていた。確か、実技の試験だけだったか。

 受験人数が多いから、自分の番にたどり着くまでが長いとか。


 まあ実技なら特に不安もない。問題なく受かるだろう。誰か面白い受験生がいればいいが。

 

 それに、俺が王都に来たのは受験だけの為じゃない。試験が終わった後は冒険者ギルド本部による必要がある。


 A級までならそこまで問題はなかったが、S級となると話は別なのだ。


 クエストには何種類かあるが、大別すると二つに分かれる。全員が(もちろん階級による制限はあるが)受けられるクエストと、冒険者を名指しで指名したクエストだ。A級までは前者のクエストしか受けられないのだが、S級以上になると後者のクエストも舞い込むようになってくる。


 ようはお偉いさんが依頼するときに、ギルド本部がうちにはこんな人材がいますがどうでしょう? と紹介する訳だ。あるいは、実績を聞いた貴族やらがあの人に頼むと依頼するのだ。


 俺はソロでS級まで上がったうえに、最年少記録も同時に保持している。そのため、冒険者ギルド協会からの信頼が厚い。現に、今も二か月に一度くらいの割合で王都のギルド本部に所属しないかと打診が来るほどだ。


 だから、俺が学生でいる間は指名クエストを拒否する必要がある。つまり、冒険者の休業手続きをしてくる必要がある。S級になると所属が強制的に本部になるため、王都に来て手続きするしかないのだ。面倒くさいが、今後毎回断り続けることを考えれば幾分マシだ。


「さて、受験票を確認しておくか……」


 俺はローブのポケットから受験票を取り出す。

 裏にはレグラス魔術学院までの地図が記されている。この感じだとここからまあまあ近そうだな。ここに来る途中に見えていた巨大な塔……恐らくあれだろう。


「あの、あの……!!!」

「ん……?」


 不意に声がする。

 そちらへ視線をやると、声の主は俺の座るテーブルの端から目から上だけを出し、中腰でこちらに語り掛ける姿があった。


 ヒラヒラした服に、ショートパンツという活発そうなスタイル、赤色のロングヘアをした少女だった。


 少女は酒場の出口と俺を交互に見ながら、オドオドした様子で話を続ける。


「その受験票……レグラスの受験生よね!?」


 何だこの子……迷子か?


「そうだけど」

「あの、今追われてて! この席座っていい!? というか下潜っててもいい!?」

「追われてる……? 厄介ごとなら俺に関わらないで欲しいんだが――」

「そこを何とか……!」


 と、少女は目を瞑り、両手を擦り合わせながら俺に懇願する。


 一体何だってんだ……新手の詐欺か? 王都の洗礼ってやつか?


「お嬢様!!!」

「ひぃい! 来ちゃったよ……!」


 その大声に、酒場の入口に一斉に視線が集まる。

 そこには、立派な燕尾服に身を包み、腰に剣をぶら下げた初老の爺さんが仁王立ちし、キョロキョロと店内を見回していた。


「……あんたのお客さんか?」

「そそそそ、そう……! お願い、匿って!」


 少女は焦った様子でそう小声で捲し立てる。

 あの老人……見た所執事か……てことはこの子は貴族か名家。俺の受験票を見て話しかけてきたと言うことはこの子も魔術師で試験を受ける受験生と言う訳か。


 しかも、敢えて受験生を選んだということは、俺の魔術の実力を見込んでということか……匿ってもらった相手が戦えない商人じゃ意味ないからな。


 何となく話が見えてきた。


 事情は知らないが、大方両親に受験を反対され強引に王都まで来たはいいが、尾行されて街中で逃走劇を繰り広げてたって訳か。


「匿うねえ」

「お願い~~!!」


 さてどうするか……。貴族だったら、よその家の事情に首突っ込むのは得策じゃないが……。俺なら問題ないか。


「――まあ面白そうだしいいぜ。試験まで暇してたからな」

「本当!? ありがとう!」

「あとで詳しい話は聞かせろよ」

「もちろ――きゃあ!?」


 俺は少女をお姫様抱っこすると、勢いよく立ち上がる。


「なななな、何!? 降ろして! 見つかっちゃうんですけど!?」

「いいから掴まってろよ。逃げるんだよ、こんなところで隠れててもすぐ見つかるぜ?」

「そうだけど……!」

「だったら正面から逃げ切った方がいいに決まってんだろ。行くぞ」

「ううう~~!! わ、わかった! あなたの言う通りにするから私を逃がして!」

「その依頼請け負ったぜ」


 俺は勢いよく踏み込むと、裏口に向かって軽やかな足取りでテーブルの上を駆け抜ける。


「うおおあ!? なんだなんだ!?」

「テーブルの上走るんじゃねえ兄ちゃん! 酔ってんのか!?」


「む……あれは……お嬢様!?」


 ま、気付くわな。

 初老の爺さんは鋭い眼光を光らせると、凄まじいスピードで追いかけてくる。


「待て! お嬢様を抱えるとは……不届きものが!」

「ははは、鬼ごっこか、いい暇つぶしになるな」

「遊びじゃないんだってばあああ!」


 俺はそのまま厨房を駆け抜け、裏口から外に飛び出す。通りに居た人たちが驚いた様子で俺たちを振り返る。


 さてどこに逃げるか……どうせここで巻いたとしても試験会場で張られればチェックメイトだ。だったら……。


「お嬢様!! 奥様からの命令ですぞ、早くお屋敷に帰りましょう!」

「嫌よ、ハル爺! 私は……私は魔術師に成りたいの!」

「私も応援したいですが……私を雇っているのはレイモンド家! お嬢様のことは幼い頃より面倒を見てきていますが、奥様は裏切れません!」

「だったら……試験まで逃げ切るだけよ!」


 すると、爺さんの顔が険しくなる。


「ほう……この私から逃げ切れると……? お嬢様を抱えたどこの誰とも知らぬ不届きものが……?」

「あ、俺か? まあ余裕で逃げ切れると思ってますけど」

「はっはっは、舐められたものですな。老体と思って甘く見ていると足元を掬われますぞ若いの。これでも若い頃は"孤狼"と呼ばれた剣士。まだそこいらの魔術師に負けるほど耄碌しておらんでな」

「だったら、試してみるか? 爺さん」


 俺は片方の口角を上げ、挑発して見せる。


「……最近の若いのはいきが良いですな。お嬢様を抱えて逃げ切れると思っているとは御目出度い」


 そう言いながら、爺さんは両腕の袖を捲ると、トントンと身体を跳ねさせる。


「――舐めるなよ小僧!」


 ブワっと風が舞い、一瞬にして爺さんの身体が俺の目の前に現れる。

 それはまるで瞬間移動とも呼べる程の足さばきで、並大抵の使い手ならこの初手で即アウトだろう。


 ――だが。


 伸びてくる爺さんの腕とは反対方向に、軽く飛びのく。


「お互い様だ、爺さん。――"フラッシュ"」


 刹那、バチッ! っと激しい閃光が走り、俺の身体は一瞬にして後方の屋根の上へと飛び移る。瞬間的な身体強化。刹那を左右する局面で絶大な力を発揮する魔術だ。


 連発は出来ないが、虚をつくには十分すぎる。


 俺のさっきまで居た場所で、爺さんは腕を空振らせる。


「ッ!?」

「な、何今の…………魔術!?」

「初歩的な魔術だよ、いちいち驚くな」

「初歩……」

「こっちだぜ爺さん」


 俺がそう声を掛けると、爺さんはハッと俺に気付き屋根を見上げる。


「…………口だけではないようだな」

「爺さんは口だけか? 捕まえてみろよ、爺さん」

 

 爺さんの額に、青筋が走る。


「望むところだ、小僧……!」

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