第65話 押しかけ

 歓迎祭という名の初めての大規模な対人戦大会。恐らくレグラス魔術学院の魔術師達の今後を大きく左右する一大イベントだ。俺達は各々その歓迎祭へ向け準備に明け暮れていた。


 アーサーは何やら秘密の特訓と称して訓練場に通いつめ、ニーナは課題であった召喚時の魔力消費の多さを克服しようと積極的に俺に質問したり、先輩に助言を乞いに行ったりと少し前までちょっと悩んでいたとは思えない程吹っ切れた様子で、その行動力は凄まじいものだった。


 もちろん、レオやナタリー、その他のクラスメイト達、さらに他のクラスの連中も各々修行に精を出し、学院では至る所に魔術反応が溢れていた。歓迎祭だ! という浮かれた空気はあっという間にどこかへ行き、残ったのは殺伐とした一年生同士のピリピリとした空気だった。


 そんな中、A級冒険者であるクラリスはというと――。


「駄目だ」

「な、なんでよ!」


 俺の部屋で、クラリスは少し声を荒げ、不貞腐れた様子でぷくっと頬を膨らませる。


 他の奴の前では決してしない表情だ。俺の前だから――と言うよりも、今話題にしている事柄が、クラリスをそのような少女たらしめているのだ。


「当たり前だろ、あいつも忙しいんだ」

「そうだろうけど……ほら、ノアのコネでさ……ね?」

「無理なものは無理だ。お前が授業での結果で多少焦っているのはわかるが、あいつを頼るのは止めておけ」

「な……!」


 図星をつかれ、クラリスは少し動揺した様子で声を震わせる。


「い、いいじゃない! ケチ! ヴァン様に修行付けてもらうくらいいいでしょ!? あんたの秘密だって黙ってあげてるんだから!!」


 クラリスは逆切れして声を荒げる。

 

「……はあ。むしろ、いいのかよお前こそ」

「何がよ」

「そんな、自分が不甲斐ないから修行付けてください、なんて理由で再会してよ」

「ぐふっ! そ、それは……」


 クラリスは伏し目がちに指をツンツンと合わせる。


「どうせなら、結果を残して正々堂々正面から報告に行く方がいいんじゃねえのか? ヴァンもきっとその方がお前のこと見てくれると思うぜ?」

「その方が……私のことを……?」

「多分な」


 俺の言葉に、クラリスの険しかった表情が徐々に柔らかくなっている。


 そう、こいつはあろうことか、ヴァンに修行を付けてもらえるよう俺に融通しろと言ってきたのだ。


 その発端は、魔術戦闘の授業でのことだった。

 魔術の力では圧倒的であるはずのクラリスは、俺同様対人経験が乏しい。その結果、搦手にハマり、初めてクラリスは黒星を計上したのだ。


 そして、クールな表情をしておきながら内心ばっくばくに焦ったクラリスは、誰とも一言も交わさずにこうして俺の部屋まで押しかけ、押し倒すのかという程の勢いで俺に頼み込んできたと言う訳だ。


「ヴァンだって一回負けたくらいで自分を頼るような奴に、素直に教えるとは思えないけどな」

「正論……。確かに……あんたが言うならそうなんでしょうね……」

「は、いつになく弱気だな」

「う、うるさいわね! 私だって、ここで活躍しなきゃって思ってるのよ。私には冒険者としての意地があるんだから。冒険者として、モンスターと戦ってきたと言う意地が。名家や貴族なんかに負けないっていうね」

「はは、その意気だろ。まだ歓迎祭までは時間があるんだ。他の連中だって今死に物狂いで修行してるぜ?」

「……はあ。その通りね。私どうかしてたみたい」


 そう言い、クラリスは掴んでいた俺の胸倉をふいっと外す。

 

「なんなら俺と修行するか? 対人戦の経験が乏しいのは俺も一緒さ。だから――」

「ふん、お断りよ。一番のライバルであるあんたと修行なんてして手の内を見せたくないわ」

「へえ。そう思ってくれてたのか」

「当然でしょ。……ムカつくけど、さすがヴァン様の弟子というだけあるわ」

「そりゃどうも」

「……とにかく、邪魔したわね。今のは忘れて頂戴」


 クラリスはゆっくりと出口まで行き、少し気まずそうにそう呟く。 


「わかったよ」

「ありがと。……歓迎祭みてなさいよ。そこで結果を出して、ヴァン様に胸を張って会いに行くわ。――それじゃあね。一応さそってくれてありがと」


 そう言い残し、クラリスは俺の部屋を後にした。


 あの目は、やる気に満ちた目だ。ライバルを強くしてしまったかな? はっ、その方がより楽しめるのは間違いない。


 歓迎祭か……これだけの熱気だ、今から楽しみだぜ。シェーラの望む対人の経験が出来そうだな。


「――さて、俺も軽く魔術の調整でもするか」


 こうして、歓迎祭までの短い時間が過ぎて行った。


◇ ◇ ◇


「本当にお疲れさま。あなた達がここ数週間、歓迎祭の為に力を入れて訓練してきたのは私がしっかりと見てきたわ」


 担任のエリスは感慨深そうにそう口にする。


「見違えたようね。戦う魔術師の顔つきよ。……毎年そう。この一大イベント、歓迎祭は魔術師としての我が校の登竜門。この時期になると、初めての戦いに皆目の色を変えて本気になるの。やっぱりこの空気はいいものね。もちろん、今後クラス全体でまとまる必要があることもあるけど、今だけはみんなが皆敵同士よ。この緊張感は忘れないでね」


 エリスは、俺達を見回しながらうんうんと頷く。


「――さて、前置きはこれくらいにしましょう。さあ、歓迎祭ももう今週末に迫っているわ。ついに発表されたわよ、予選の組み分けが」


 その言葉に、全員がガタっと身体を揺らす。


 本選トーナメントの前の、グループでの予選。

 11~12名で行われる勝ち残り戦の組み合わせ。


 これにより、運命が大分変ると言っても過言ではない。


「さあ、これが今年の歓迎祭の組み合わせよ……!!」

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