第85話 ライセル・エンゴット
ニーナとライセル、2人の生徒が中央であいまみえる。
ゴワッとした癖っ毛に、隈がついた目元。少し猫背気味で、細い手足。キリッとした顔つきで、完全に戦闘態勢なニーナとは対照的に覇気が感じられない。
(なんか覇気がない……)
と、ニーナは思わずにはいられなかった。ライセルからは強者特有の雰囲気は感じ取れなかった。やはり、予想通りの精神に干渉してくるタイプの魔術だろうか。
「それでは、第三試合――はじめ!」
火蓋が切って落とされる。
「フェアリー!」
『フォォォォ‥‥…』
ニーナはフェアリーを召喚する。
魔力をあまり消費しないで速攻召喚できる、召喚術師の基本中の基本。
フェアリーは攻撃手段も防御手段も限られるが、ニーナはまずはフェアリーで様子見することを選択した。いきなり強い精霊を出しても良いが、それだと魔力を無駄にする可能もある。
「くぁあ……嫌だ嫌だ……」
ライセルは気だるそうにそう呟く。
「才能あふれる魔術師はいいよなあ、そんなカッコイイ魔術があってよお」
「な、何? 君も勝ち残ったんでしょ」
「まあ俺のは……ちょっと特殊だからなあ――」
瞬間。ニーナの認識からライセルが消える。
文字通り、消えた。
「えっ!?」
さっきまで目の前にいたのにもかかわらず、その眼で全く認識できない。
その状態にパニックになっているうちに、炎の弾がニーナに向かって飛び込んでくる。
(死角からファイア……! 出所がわからない……!)
ニーナは慌ててフェアリーを盾にすると、ファイアを相殺する。
威力はそれほどではないが、まったく攻撃起点の見えない戦闘スタイル。
(やっぱり、ノア君が言っていた通り精神に作用する魔術!?)
しかし、違和感がある。
周りの観客も、どうやらライセルの姿を視えていないようだった。
もし精神に作用する魔術だとすれば、その範囲が広すぎる。
しかし、思考がまとまる前に次々と低級な魔術がニーナを襲う。
「フェアリーちゃん!!」
『フォフォフォ~!』
ライセルからの一方的な攻撃。しかし、地力で勝るニーナは一向に倒れる気配はない。だが、攻撃に転じれないのも事実。フェアリーが燃費の良い召喚精霊だとは言え、徐々に魔力は削られていく。
(見えない……なら……!!)
「――"コンバート"!!」
瞬間。
フェアリーは神々しい光に包まれると、一瞬にしてニーナの魔本の中へと吸い込まれていく。そして入れ替わるようにして、水色の精霊が姿を現す。
「ウンディーネ!!」
『サァァァァ……!!』
召喚術の奥義、コンバート。
フェアリーや先に召喚していた精霊・モンスターを消費して、代わりに他の契約召喚対象を強制的に召喚する、切り替え魔術。
それは天性の才能を持つニーナだからこそできる離れ業だった。
(お母さんも見てる……負けられない!!)
「ウンディーネ……"レイン"!!」
ニーナが唱えると、上空へと舞い上がったウンディーネは広範囲へ水の雫を降り注ぐ。それはまるで雨のようで、全てを濡らしていく。
「これでファイアは威力半減! そして……透明化しているなら、姿が浮き彫りになる!」
そう、ニーナはライセルの魔術を透過魔術だと推定した。
でなければ、会場中がライセルの姿を見失うなんていうのはありえないからだ。
「さあ、ここから私が――……え?」
――が、しかし見えない。雨で濡れた場合、透明化しているライセルの居る位置が浮き彫りになる――はずだった。しかし、現実には見えていない。
混乱に乗じ、ライセルのボディブローがニーナへと飛び込んでくる。
「くっ!」
すんでのところでウンディーネが先回りし、ライセルの攻撃を防ぐ。
完全にライセルのペースだ。
(なんで……なんでライセル君の姿が……!)
ニーナの顔には焦燥感が浮かぶ。
しかし、攻撃は待ってくれない。次々に飛んでくる攻撃を、ウンディーネが防いでいく。だが、フェアリーと違いウンディーネの消費魔力は段違い。長時間の使用は得策ではない。
コンバートは一度使用すると次の発動までかなりの時間を要する。この試合中には間に合わない。もうウンディーネで戦うしかない。それも、短時間で。
――とその時、ニーナの脳裏にノアの言葉が思い出される。
『まず認識を疑うことだ』
(そうだ、認識……魔術が透明化だとして、それでも雨で姿が浮かび上がらない……ということは、認識が間違ってるんだ。もし……会場中を騙せる程の精神に作用される魔術だとしたら)
ニーナは冷静にあたりを見回す。
しかし、やはりライセルの姿は見えない。
(ううん、精神系魔術は一対一が基本! 全員になんて不可能! ということは、かかっているのは私……!! つまり、ライセル君の能力は――)
「ウンディーネ!!」
瞬間、ウンディーネが凄いスピードで戻ってくると、ニーナの頬を思い切り叩く。
パチン! という音が響く。
ニーナの目が、確実に覚める。
(透過魔術と、幻覚魔術の応用!! 自身は透過で消え、幻覚魔術で対戦相手にそれすら隠しきる……! 二段構えの隠遁魔術使い!)
「くっ! 覚めたかよお……! これだから本物は……!」
「見えた!!」
雨の中、透明化しているライセルが浮き彫りになる。
「ウンディーネ!」
「サァアァァ……!」
「――"ハイドロキャノン"」
一直線に突き進む、閃光のような水の塊。
それが完璧に透明化したライセルの腹を貫く。
「ぐはっ……!!!」
ライセルの透明化が解除される。
ライセルはそのままよろよろと少し歩くと、ニヤッと笑い、前のめりに倒れこむ。
「勝者――ニーナ・フォン・レイモンド!!!」
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