第55話 疑い

「……誰、この人?」


 クラリスが少し怪訝な顔で俺に問う。


 その奥で、アーサーは興奮した様子で目を光らせる。


「め――――めっちゃくちゃ美人じゃねえか!! どこのどちら様でしょうか!? ノアの知り合いか!?」

「いや、違うが…………誰ですか? 何か用でも?」

「いやん酷い。忘れちゃったのノア君。あんなに深い関係だったじゃない、私たち」


 そう言いって女はくねくねと身体をくねらせ俺に頬を近づけると、パチンとウィンクする。


 その光景に、アーサーのみならず、ニーナやクラリスまでもが愕然と体を震わせる。


「なななななな何を破廉恥な!! ノ、ノア君がそんなわけないでしょ!」

「そそそ、そうよ、いかれてんじゃないのあなた!?」

「深い関係……いつの間に!? 羨ましすぎるぞノア!! どうなってんだ! 説明しろ!」

「お前ら……」


 慌てだすアーサー達に、俺は溜息を漏らす。


 まったく、ぎゃーぎゃーと……。何をそんなに騒ぐんだ。こんなのどう考えてもただのジョークだろ。それとも何か、俺はそういうことをしてそうに見えるのか? そんな行動をしてたつもりはねえんだが。


「仲間からの視線が痛いんで面倒な冗談はやめてもらってもいいっすかね」

「えーつれないわねー」

 

 女はつまらなそうに口を尖らせ、顎に手を触れて小首をかしげる。仕草一つ一つが、変な魅力を醸し出している。


「反応も全然しれーっとしてるし……お姉さん残念。さては君、女性経験あるわね?」

「「!?」」


 ニーナたちは衝撃で僅かに身体を仰け反らせ、チラとこちらを見る。


「おいおい……そんな目で見るな。んな訳ねえだろうが」

「だ、だよね……。何かこの人意味深だからつい……」

「勘弁してくれ……俺だって困惑してるんだよ」

「困惑だなんて酷い。ふふ、でも面白い子たちね。お姉さん嫌いじゃないぞ」


 警戒心を持つニーナ、クラリス。その一方で、アーサーは幸せそうにその女の一挙手一投足に視線を泳がせていた。


 まぁ確かに、シェーラに近い魅惑をもつんだ、男なら仕方がないかもしれないが……アーサーは女には気をつけたほうがいいな、のめり込んで身を滅ぼすタイプだ。


 だが、このまま好き放題言わせてても埒が明かない。

 さっさと本題に入らせるか。


「――で、結局あんた何者?」

「まあ君がそんな感じでドライなのは予想通りだったけどね。――私はフレン・オーギュスト。三年よ」

「オーギュストって……あの超名家の!?」


 アーサーは合点がいったと言った様子であんぐりと口を開く。その隣のニーナも、アーサー同様その名前を知っているようで察しがついたというような顔をしている。


「"千花"のフレン……さすがの私も知ってるよ……」

「わー、私って結構有名人?」


 女――フレンはハニカミながら言う。


「みたいっすね」

「でも、君もでしょ?」

「は?」

「リムバの演習での噂は私達の方にも広まって来てるし、それに………ねえねえ、君なんでしょ? 氷雪姫レヴェルタリアの件。皇女様を救った王子様って」


 フレンは、俺の頬をニヤニヤと口角を上げながらツンツンとつつく。明らかに楽しんでいる様子だ。


「……やめてくれ」

「きゃーやめてくれ、だって。クールだねえ。他の子は照れちゃってデレデレするのに。――いいね、君。お姉さん君のこと気に入ったよ。それに、強い子は特に大好き」

「そりゃどうも」


 浮かべる笑みに、薄っぺらさを感じる。こいつはかなり軽薄な感じだ。自分が楽しみたいだけ、そんな感じがヒシヒシと伝わってくる。


「ねえねえ、実際どうなのさ。私、凄い興味あるんだけど」

「だから俺じゃないですって。見当違いですよ」

「そうかなあ? あの事件の日、君が校外に行っていたのは知ってるんだよ? 目撃してた人が居てね」


 下調べ済みか……名家なら色んなところに顔が効くのか……?


「……休みなんだ、外出てる人くらいいくらでもいるさ」

「あは~、そうなんだけどね。でも」


 そう言って、フレンはとんとんと自分の頭を突く。


「私の女の勘が君だっていってるんだよねえ。あの脳筋のドマがやたらと気にってるっていうのも気になるし」

「……」

「ねえねえ、だからさあノア君。君なんでしょ? ねえねえ、私にだけ教えてよ~お姉さんに教えてよ~」


 と、フレンは目を細め、悲しい顔をして俺にすり寄る。猫撫で声で、甘えるように。


 ――とその時、クラリスががっと俺の顔を突くフレンの手を掴む。


「あらら?」


 ほぼ同時に、反対側の手を今度はニーナが掴む。


「い、いい加減にして下さい! ノア君が嫌がってます!」

「誰か知らないけど、非常識よあなた……!」

「普通にお願いしてるだけなんだけどなあ」

「なんか……なんかあなたはダメです!! 健全じゃないです!」

「えーなに、嫉妬?」

「なっ……!」


 ニーナはぼっと顔を赤くし、慌てて後退する。


「そ、そんなわけ……」

「あはは、可愛いね。――まぁいいわ、君のスタンスは分かったわ、ノア君」

「そうなんすか?」

「うん。まぁでも、手柄を誰かに横取りされたくなかったら早く名乗り出たほうがいいと思うけどね」

「どう言う意味っすか?」

「学院には手柄を喉から手が出るほど欲してる奴が沢山いるってこと。まぁ、興味ないならいいけどね〜」


 そう言って、フレンはぐるっと踵を返す。


「じゃあまたね、ノア君。次はもっと楽しい話しましょ。――あぁ、そうそう。私のお兄ちゃん、騎士団に所属してるの」


 そう言い残し、フレンは楽しそうにスキップしながら俺たちの元を離れていく。


「騎士団……どう言う意味だ?」


 アーサーはキョトンとした顔で俺を見る。


「さあな」


 騎士……。あのリムバにきた騎士の中にあの女の兄がいたってことか。遠回しなこと言いやがって。


 ということは、そこからの生の情報……だから俺にあたりを付けてきたって訳か。


「ああいうタイプは女に嫌われるのよ、むかつくわまったく」


 クラリスはむっとふくれっ面をする。


「おいおい、すげー美人だったじゃねえか! 僻みか?!」

「あんた本当……あんたは……」


 クラリスはガックリと肩を落とし、大きくため息をついた。

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