第56話 火花
「いよいよ始まるわ」
Aクラスの担当教師エリスは、不敵な笑顔で俺たちを見回す。
その空気に、クラスメイトたちはなんの話なのかを察し、体を前のめりにして耳を傾ける。
待ちに待った、歓迎祭だ。その季節が近づいてきた。
新入生による戦いと、二年生とのエキシビションマッチ。新入生の歓迎と、それに合わせて今年はどんな才能が入学してきたのか、学院内外から見学に訪れる一大イベント。
その注目度は、エリート校ならではらしい。
「来たねぇ、とうとうよぉ。かっかっ!」
ヒューイ・ナークスは、その目を細め楽しそうに笑う。
既にあのリムバで負った生々しい怪我は回復魔術により完治し、以前のように健康そのものだ。
今ではこの通り、前のような軽薄さをしっかりと取り戻している。
「優勝は俺だろうなあ。悪いが雑魚に出番はねえ。これは親切心で言ってるんだぜ?」
すると、クラリスが鼻で笑うように声を上げる。
「あんたは森で一回死にかけてるでしょうが。良くそんな自信満々に言えるわね。身の程を知りなさいよ」
ヒューイとクラリスの視線がぶつかる。
「あぁ? おー怖い怖い。さすがはA級冒険者様だ。さぞかし自分は自信満々なんでしょうなあ」
「当然よ。あんた達なんか眼中にないわ。狙うは優勝のみ。あんた達とは潜ってきた修羅場が違うのよ」
と、クラリスはいつも以上に強気な発言で周りを突き離す。相変わらずだな。
「くっはっは! 修羅場ねえ! 舐めてもらっちゃ困るぜ……。知能もねえただ暴れるしか能のないモンスターと散々戦ってきたかもしれねえが、人間同士の戦いはお前達冒険者よりも断然俺たちに理があるぜ? そんなこともわからないおばかさんじゃないよなあ、クラリス!」
「所詮は同じ魔術戦闘よ、キマイラ如きに遅れをとるあなたと一緒にしないで」
「如きときたか! 俺を助けたノアならまだしも、何も関係ないお前がよく言えるな」
その言葉に、地雷を踏んだのかクラリスの顔が引きつる。
「……わ、私はA級冒険者! 等級通りなら倒せない相手じゃないわ! 私がその場にいたら私が倒していたんだから!」
クラリスは声を張り上げる。
事実、A級冒険者がキマイラを討伐する任務に就くことはある。だが基本はパーティを組んで行うのが当たり前で、役割を決めて戦うものだ。恐らくクラリスも例にもれなくそうだったのだろう。あの様子だとキマイラとは戦ったことは無さそうだが。
しかも、あれはかなり狂化され育成されたキマイラだった。実際クラリスが遭遇してても倒せたかどうか……。
「2人だけで盛り上がってるけどさあ、私もいるんだよね」
そう後ろの席から声をあげるのは、モニカだ。
天才肌で、努力なくこのクラスにいて遜色ない実力をもつ女。
「おや、モニカの嬢ちゃんもやる気満々か? 痛いこと多いぜえ? やめといたほうがいいと思うがね」
「うっさいわね。さすがにこのイベントは抑えるしかないっしょ。あんたらと違って私はその気になればなんでもできるの。天才なんだから、優勝して当然。あんたらは適当に私の活躍をお膳立てしてちょうだい」
ふんと鼻を鳴らし、自分の言い放った言葉に満足げに頷くと、モニカは腕を組む。
小柄な体の割りに、大きな態度だ。
その言いっぷりに、ヒューイはヒューっと口笛を鳴らす。
「モニカ嬢は相変わらずなこって」
「どいつもこいつも……! いい!? 勝つのは私! それ以外ありえないから!」
「お前らだけだと思うなよ!」
「調子のんな、ヒューイ、クラリス!」
と、教室中が俺が私が優勝すると声が上がり始める。
「はは、面白いことになってきたね」
隣に座るレオは、楽しそうにその議論を眺める。
「止めてやったらどうだ」
「何でだい? エリートと呼ばれるこの学院に入学してきた魔術師のプロフェッショナル達が、自分こそが一番だと信じて疑わずに誇りを掛けて勝利宣言をしているんだ。これほど美しい光景もないだろう?」
「いや、意味わからねえけど」
「はは、これは失敬。……けどそうだね。僕に、ニーナ、ヒューイにモニカ、クラリス……それにナタリー辺りは順当に勝ち上がると思うね」
「へえ、そうなのか?」
「はは、僕は魔術師を見るのが好きだからね。こう見えても、客観的な眼を持っているつもりだよ。そして特に注目しているのは――」
と、レオは俺を見る。
「君だ」
「俺か?」
「あぁ。入学早々あの氷魔術の名家であるルーファウスを打倒し、リムバの演習ではキマイラを単独撃破……これで注目するなという方がおかしな話さ。皆あえて触れていないだけで、君のことは相当意識しているはずだよ?」
「はは、願ったり叶ったりだね。まとめて相手してやるさ」
「ふはは! 凄い自信だね。君にますます興味湧いてきたよ。是非とも本戦で君と戦うのは僕であって欲しいものだね」
光悦とした表情をするレオ。
どうやらこいつも俺が思っている以上に異常な奴なのかもしれない。
ただ、このクラスだけで戦う訳じゃない。
他の二クラスも相手するんだ、ここに名前の挙がっている奴全員が本戦に行けるとも限らない。
だが、俺が優勝することは決まってる。最強魔術師として、それだけは譲れねえ。
悪いが、誰にも活躍するチャンスはねえぜ。
これが俺の実力を見せる最初のチャンスだ。シェーラからの課題。暴れてくること。
手始めに優勝してやるさ。
俺は不敵に笑う。
その顔を見ていたニーナが、びっくりした顔ではわわと体を震わせる。
「ノ、ノア君!?」
「はは、楽しくなってきたじゃねえか。お前も本気でいけよ」
と、一通り教室が騒がしくなった辺りで、エリスがパンパンと手を叩く。
「――ほら、そろそろいいかしら? じゃあ、歓迎祭について説明するわよ」
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