第82話 重力姫

「クラリス、油断するなよ」

「当然。私だって伊達に冒険者やってないわよ」


 いつになく慎重気味なクラリスに、俺は少し驚く。


「意外そうな顔ね」

「まあな」

「相手の強さくらい少し見ればわかるわ。……冒険者でもない魔術師なんて貴族のままごとだと思っていたけど……彼女は別格ね」


 昨日の戦いを見て、いつになくクラリスは冷静にリオ・ファダラスを評価していた。冷静というよりも、少し焦っているようにも見える。それだけの相手か。


「へえ、クラリスも警戒する相手か」

「私を何だと思ってるのよ……当たり前でしょ。でも負けてらんないわ。あんたを決勝戦で倒すのは私なんだから」

「はは、いいねえ。もしかしたら、ヴァンも見てるかもなこの試合」

「えっ!? ほ、本当に!?」


 瞬間、クラリスの顔がパッと明るくなる。

 クラリスは焦った様子でソワソワとしだし、身だしなみを整え始める。


「さ、先に言いなさいよ!」


 ああ、そうだったそうだった。ギルド本部であった時はこんな感じで乙女だったな。


「……会えるからはわからねえけどな。あの人はふわふわしてっから」

「そうね、でも弟子が活躍するところ見たいだろうし……確かに来てるかも! これは、更にやる気出していくしか無いわね」


 クラリスのやる気が一気に上がる。

 よほど好きなのな。


 その目は、緊張など吹き飛んでいた。


「頑張れよ。期待してるぜ」

「任せておきなさい、ヴァン様に良いところ見せるわ!」


 そうして、クラリスとリオ・ファダラスを呼び込む声が会場から聞こえると、クラリスはニヤリと笑みを浮かべ颯爽と会場へと向かっていった。


 さあ、楽しませてくれよ。実際にヴァンはここで見てるぜ。


◇ ◇ ◇


 ピンクの髪をツインテールにし、不敵に笑う女が、ゆっくりと中央へと歩いてくる。そのオーラは、否が応でも強者の物だとわかってしまう。


 重力姫――リオ・ファダラス。予選ではその力を見せ切ることなく快勝。今大会の優勝候補。元はノア同様にアイリス皇女を救った英雄候補とされた少女。それだけ周りからの評価が高い魔術師だ。


「キシシ、僕の魔術でぺちゃんこにしてやるよ冒険者!」


 バーサーカーとも呼ばれるそのイメージに違わず、リオは邪悪に甲高く笑う。

 その態度と裏腹に背は小さく、並ぶとクラリスよりも少し小さい。


「ふん、野蛮ね。まぁその方がいいわ。私はモンスターを討伐するのが本業だから。貴方みたいなモンスターが相手だと気兼ねないわ」

「僕が強いってこと? モンスターみたく」

「モンスターみたく野蛮ってことよ」

「よく言われるよ、まあ、僕程の魔術師なら当然だよね!」

「褒めてないんだけど……まあいいわ、かかってきなさい。重力だかなんだか知らないけど、私の炎で焼き尽くしてあげるわ!」


「それでは両生徒、準備は良いですか?」


 二人は審判の言葉にコクリと頷く。


 両者とも入学前からその名が知れ渡る強者。注目の一戦である。


「――はじめっ!!」


 開始の合図が響く。


 瞬間、クラリスは腰の細剣を抜くと、さっとリオへ向けて構える。

 重力魔術を使うということは周知の事実。ならば――。


「重力で捉えられる前にぶっ飛ばす!!」


 態勢を低くし、クラリスは地面を一気に駆け抜ける。

 しかし、リオは余裕の表情で正面から迎え撃つ。

 

「僕に攻撃当てられるかなあ。一発撃たせてあげるよ」

「予選はそんなことしてなかったでしょうが!!」

「本戦からの特別使用だっ!」

「だったらそれがあんたの敗因ね……! ――炎撃"五月雨"!」


 刹那、パッと五つの魔法陣がクラリスの前に浮かび上がる。

 その魔術発動速度は、普通の魔術師を遥かに超える。


「はああああ!!」


 その魔法陣から、クラリスの高速の突きに合わせるように、無数の炎の槍がリオに襲い掛かる。まさに、炎の槍による一斉攻撃。


 圧倒的手数。近づけば剣で串刺し、離れれば炎の槍で串刺し。遠距離近距離をカバーするクラリス得意の必勝魔術。


 これをまともに受けてしまえば、平気で居られるわけがない。串刺しかまる焼けか。会場がおぉっと沸く。


 リオの油断で一瞬で勝負が決着した――と思われたその時、リオがニヤリと笑う。目がギラリと光、本能的にクラリスの身体が防御姿勢を取り後退する。


「――"グラビティ・ボール"」

「……ッ!」


 クラリスは一瞬で威圧感を感じ取り、慌てて後退する。

 すると、その足の一歩先、ほんの数センチ先の地面が、ごっそりと抉り取られる。


 それだけにとどまらず、クラリスの放った無数の炎の槍は、一瞬にして目の前から消え去った。――正確には、叩き潰された。


 会場の地面は、まるで上から隕石でも振ってきたかのように半球状に抉れていた。


「なっ……!」


 反応が遅れれば、ぺちゃんこに潰れれていた。

 クラリスの額に汗がにじむ。


「キシシ、まだまだ序の口だよ~!」


 リオはフワッと空中に浮かび上がる。


「ちょっと……はあ!? 反則でしょ!」


 リオの重力を操る魔術により、リオは器用に空中に浮いて見せる。

 

「重力姫の力、思い知ったか!」

「じ、自分で言うんじゃないわよ、恥ずかしい……」

「羨ましいだろう? そうだろうそうだろう」

「いや、別に……」

「ふふん。悪いけど、僕、この大会ノア・アクライトにしか興味ないから」

「! ……奇遇ね、私もノアを倒すことしか頭にないから。……ふわふわ浮いてパンツ見せびらかしてるところ悪いけど、そろそろ降りて貰うわよ」

「なっ! み、見せパンだし! 万死に値するぞ!」


 リオは怒った様子で頬を膨らませると、バッとクラリスに向けて手をかざす。


「怒った、先生には相手の活躍する場面も皆に見させてあげなさいって言われてたけど、君はそんな時間上げない」

「はん、あんたから貰う必要ないわ。奪い取ってあげる」

「生意気だね。……これをくらってもまだ生きていられてから、そんなセリフ吐けってんだよおお!!」


 リオの前に現われた多重の魔法陣。その禍々しさだけで、相当の魔力を有した特大魔術だとわかる。ノアの黒雷には見劣りするが、それでも驚異的な魔力量。気分屋のリオはこの一発で一回戦を終わらせようとしていた。


 会場のボルテージが一気に上がる。


「逃げるなら今のうちだよおお! ぺちゃんこになりたくなかったらねえ!!」


 しかし、クラリスは剣を構え、腰を低くする。


「正面から打ち崩してあげる……! 冒険者舐めんじゃないわよ! あんたくらいのモンスター、狩り慣れてるのよ!」

「これ食らって立ってた人間なんていないんだけど?」

「じゃあ私が最初の魔術師ね」

「キシシ! せいぜいあがいてみなよ!! ――"グラビティ・レイ"!!!」

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