第83話 キャンセル
多重の魔法陣が、禍々しく宙に浮かぶ。
ズズズっと大気が重くなる。クラリスの握る剣が、僅かに震えだす。
――身体が重い。でも……。
リオはニヤリと笑みを浮かべ、手を振り下ろす。
「おりゃああ!」
瞬間、まるで見えないハンマーが振り下ろされたかのように、地面がボコッ! っと激しい音を立て抉れる。範囲は狭い――が、クラリスは瞬時に察する。これは、連撃だ――
「二発目――ッ!!」
クラリスは転がるようにして舞台上を駆け抜ける。
矢が降り注ぐように、クラリスの駆け抜けた場所が次々と叩き潰されていく。
「くっ……! はあ、はあ!」
「あはは! 逃げろ逃げろ~!」
リオは楽しそうに次々と"グラビティ・レイ"を振り下ろす。
バゴッという異質な音が会場に響き渡る。
ただでさえ見えない重力による攻撃。一度でも捕まればその場に拘束されるのは目に見えている。クラリスの攻撃は剣術と一体となる魔剣士スタイル。ある程度の近さが必要になるが、リオもそれは承知の上。"グラビティ・レイ"による無差別爆撃で徐々にリオとの距離を離していく。
二人の攻防――というより、リオによる一方的な攻撃はそれからしばらく続く。
次々と襲い掛かる重力による攻撃を、クラリスはすんでの所で避け切っていく。
クラリスは元々冒険者だ。野生の勘ではないが、モンスターによる不意の攻撃などに対処してきた経験がある。目に見えない重力の攻撃も、僅かな空気の揺れや第六感的な反応、そして類まれな反射神経で避け切っていく。
「意外とやるなあ。褒めてあげるッ」
「なめないでよね……!」
「肩で息してるけど?」
「この程度……ウォーミングアップよ……!」
既に息が上がり始めるクラリス。長い間逃げに徹しているが、未だ攻撃のタイミングを掴めずにいた。近づこうにも、リオからの攻撃がクラリスの攻撃ルートを制限する。しかし、一方でリオも同様に疲労が蓄積し始めていた。その不可避の攻撃は、なみ居る強豪たちを瞬殺と言っていい速度で叩き潰してきた。しかし、クラリスの異常な運動能力と、第六感。ここまでしぶとく逃げ回る相手は珍しかった。リオにも僅かに疲労が見え始める。
初めてに近いその経験が、リオを簡単にイライラさせる。
募った不満は、すぐに短絡的な行動を引き起こす。
「ドタバタドタバタ逃げ回って……いい加減に……ぶっ潰れてよお!!」
無意識に発動した巨大な魔法陣。広大な重力で一気に叩き潰す、さっきまでより更に高位の魔術。空間が歪み、初めて重力姫のその能力が認識できる。会場ではうおぉっと声が上がる。
「それを……待ってたのよ!」
クラリスは待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべ、一気にリオの方へと方向転換する。
巨大な魔術を使った隙、それを見逃さなかった。
いくら有能な魔術師とは言え、高位の魔術を使う時必ず隙が生じる。そこを狙えば、一気に相手の懐に飛び込める。発動した魔術は、急には止められない。
「その速度じゃ私には届かないぞ!」
リオの魔術の発動まで、クラリスの今の速度じゃ到底間に合わない。しかし――
「"フレイム・バースト"!」
瞬間、後ろに伸ばした剣から火炎が噴きでる。それはまるで爆発のようで、クラリスの身体は一気に加速する。回転するようにして、一気に駆け抜ける。
「なっ……何その速度!」
「はぁあああ!!」
その火力は予想以上で、身体が少し浮くほどに激しく燃え上がる。
クラリスはそのまま炎を噴射しながらリオの真下まで高速で移動すると、後ろで加速するために使っていた剣を遠心力を利用してぐるっとリオの方へと振りぬく。
「私の勝ちよ!! このまま炎でぶち抜く!」
「くっ、対応を――」
「もう遅い! あんたの魔術は発動中! 避けられる訳が――」
しかし、その時有り得ないことが起こる。
発動中だったはずのリオの魔術は、まるで何事もなかったかのようにパッと消滅する。
リオが、いたずらっ子のようにベッと舌を出す。
「なんちゃって」
「は……はぁぁぁ!?」
「僕、魔術の発動キャンセルできるんだよねえ~。まさか、ここまで肉薄する奴が居ると思ってなかったけど」
そう言い、リオは正面に構えていた手を、下から剣を振りぬこうとするクラリスに向けなおす。
魔術を発動中にキャンセルするなど、明らかに上位の芸当。それをこの本番で使う奴がいるなんて、クラリスには想定外だった。
クラリスは、その術をまだ身に着けていない。発動中の魔術をキャンセルできないのは、クラリスの方だ。
「僕の方が一歩上手だったな!」
「ふざけ――――」
「"グラビティ・ボール"。がら空きだよ」
上空から降り注ぐ重力の壁が、リオに飛び掛かるクラリスを押しつぶす。
なんとか相殺しようと、クラリスは剣をそのまま振りぬく。しかし、重力の壁は思った以上に厚く、空中でバランスを崩したクラリスはそのまま地面に叩きつけられる。
「ぐはっ!!」
クラリスの手から剣が零れ落ちる。
瞬間、審判が割って入る。
「そこまで!! し、試合終了!! 勝者、リオ・ファダラス!!」
「ふふ、僕の勝ちだ! ……でも、なかなか強かったよ」
リオは地面に着地すると、不敵な笑みを浮かべ満足気に腕を組む。
第一試合、勝者――――リオ・ファダラス。
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