第51話 アイリス・ラグザール

「だ、だからその……私を守るために騎士として任命してあげるって言ってるのよ!」


 アイリスは俺の目を見てしっかりとそう言い切る。緊張からか、少し頬が赤い。


 騎士か……ようは専属の護衛になってほしいとかそんなところか。


「そうだなあ、引き受けてやりたいところだが……」

「だが…………?」


 アイリスは少し不安げに俺を見上げる。


「あいにく、俺はいま師匠からの課題中でな、無理だ」

「えーなにそれー。師匠からの課題?」

「あぁ。俺の学院――レグラス魔術学院って言うんだけどそこで暴れてこなきゃいけないのよ」

「あ、暴れる!?」

「いやいや、言葉通り捉えんなよ。ようは、実力を見せつけて目立てってことだ」

「あぁ……。でも、ノアなら簡単にできそうだけれど……」


 すでに俺の力を目の当たりにし、赤い翼をほぼ壊滅させた俺をアイリスは確実にかっている。出なきゃ騎士にならなんて言わないはずだ。

 この場で……いや、なんならこの国でシェーラの次に俺の実力を知っているのはこいつかもしれない。……あぁ、まあニーナもいるか。


「そう単純じゃないのさ」

「え、そうなの?」

「はは、そこら辺はお互い様だろ?」

「……?」


 アイリスは何のことかわからないと言った様子でキョトンと顔を顰める。


「アイリスだって皇女だけどその力で何でもかんでも思い通りにしてやろうとは思わねえだろ? まぁほら、偏見だが、権力があればあるほど欲望の深い奴が寄ってくることも多いだろ?」

「それは……わかるかも」

「そういう奴らに、権力で黙らせるなんてつまんねーと思わねえか? まあそういうのが好きな奴もいるだろうが、アイリスは違うだろ? だから、アイリスだってきっと好きにできるけど好きにしない。自分に我慢して頑張って生きてんだろ? その力で好きにしたって本当に手に入れたいものは手に入らねえからな」


 その言葉で、アイリスは何かを思ったのか思い返すように少し俯き唇を尖らせる。


「ま、つまり俺も同じさ。簡単に力でねじ伏せるのはできるけど、それじゃあただの恐怖の対象さ。強いモンスターが学院に迷い込んで、はい一番強い生徒ですって言って認められるかって話だよ。学生になる前は相手が相手だからそれで良かったんだが、今度の相手は人間だからな。正当な道順を通って実力を示す必要があるのさ」

「ふうん……。よくわからないけど、わかった気もするわ」

「どっちだよ」

「わかった……と思う。私も本当の……友達とかほしいから……私の肩書きじゃなくて……」

「何言ってんだ、俺たちもう友達だろ?」

「え?」


 アイリスはハッと顔を上げる。


「共に"赤い翼"に立ち向かったんだ。友達みてえなもんだろ。まあ、皇女と平民じゃ割に合わないか?」

「そ、そんなことない、そんなことないわよ! 友達……そうね」


 アイリスは嬉しそうにその言葉をかみしめる。

 ほくほくとした笑顔が、なんだか愛らしい。


「ノアも、きっとすぐ力を証明出来るわ。私が保証する」

「はは、サンキュー。歓迎祭っつう新入生の戦うイベントがあるんだ。そこでまずは力を見せつける。それが力を見せつける――”暴れる”正攻法だからな。まずは一年生で一番だというところを証明するさ」

「歓迎祭……わ、私応援に行きたい!」

「はぁ? いや、まだ先だし、第一お前来れるのかよ」

「そりゃ聞いてみないとわからないけれど……でも行きたい……!」

「まぁ、俺たちの国同士は友好国だし、それくらいの文化交流は許されるだろけど……知らねえけど」

「うん……うん、私絶対応援に行くから!」

「はは、まぁ期待せずに待ってるよ。――だからよ、騎士ってのはまだ無理だ。お前がもう少し大人になったら考えてやるよ」

「なにそれー」


 アイリスはぷくっと頬を膨らませる。


「ははは、まだ子供ってことだ」

「歳そんなに違わないし……」

「まあまあ。代わりと言っちゃなんだが、今日くらいエスコートしてやるよ。好きに出店回らせたら迷子になりそうだからな」

「わ、私を何だと思ってるのよ!」

「帝国の皇女様?」

「そ、そうよ! まったく……無礼なんだから!」


 アイリスはジトーっと目を細め、俺を睨みつける。


「はは、でも俺は嫌いじゃないぜそういうやつ」

「えっ」

「立場なんかに負けんなよな。それくらい笑ったり怒ってる方が似合ってるぜ」

「…………もう、うるさい! さっさとエスコートしてよね!」


 そういってアイリスはぷいと顔を背けると出店の方へと駆け寄っていく。


 まったく、やっぱりまだ子供だな。


「ありがとうございます、ノアさん」


 後ろに立っていたエルが、そっと俺の横に並ぶ。


「なにがっすかね」

「アイリス様が私以外にあんな笑顔見せるのなんてそうそうないことです」

「友達は……あの感じならいないのか?」

「皇女ですから……」

「そっか……」


 この短い言葉で、俺は察した。

 立場が邪魔をすることは往々にしてある。あのアーサーだって、俺が居なきゃニーナと友達になろうとは思わず今も敬語だったかもしれないわけだし(まあ時間の問題だった気もするが)。


 ここ最近嫌というほど肌で感じていた。貴族や名家ほどプライドも高いし、それをひけらかすアホも少なくない。


 皇女って立場に釣られてるだけのやつだったり、親に言われて仲良くさせられてたり、想像だけでもなんとなく察しはつく。本当の友達、か。


「……アイリスも言ってた通り、機会があればまたくればいい。俺がいりゃ平気なのはわかったろ? また護衛してやるよ」

「その言葉だけじゃ信頼できない――と言いたいところですが、実力に裏付けされた力。何か極秘のことがあれば頼らせてもらうかもしれないですね。私もあなたほどの魔術師は見たことがないです」

「はは、俺は最強だからな」

「謙遜しないんですね」

「事実だからな」


 エルはふぅっと笑いながらため息をつく。


「面白い人ですね。……実際、一応私も帝国の中枢に近い人間ですからあなたの力はわかるつもりです。――でも、誰があれをやったかは言わないで欲しいなんて、慈善家か何かですか? あなたの言う師匠からの課題というものに対しても有意義な成果となるのでは?」

「面倒ごとってのは基本的に嫌いでね」

「なるほど……。では私たちもこれ以上無粋な質問はやめるとしましょう」

「助かる」

「二人とも早く!」

「はいはい」



 そうしてしばらく出店を見て回り、アイリスたちは祭りの雰囲気を堪能した。


 陽がもう少しで地平線の向こう側へと落ちようとしていた。タイムリミットだ。


「時間ね……」


 アイリスは名残惜しそうに俺の方を見る。

 手にはさっき買った指輪が付けられている。


「そんな顔すんな」

「そ、そんな顔って何よ!」

「また来いよ。待ってるぜ」

「……へへ、また来る。絶対また来るわ!! それまで、私のこと忘れないでよね!」

「忘れるわけねえだろ。皇女様」

「な、名前で呼んで」

「はいはい、アイリス」

「ふふ……じゃあね! ノア、助けてくれてありがとう!」


 そういって、アイリスは俺の襟を強引に引き下げると、頬に軽く口づけする。


「!?」

「アイリス様!?」

「えへへ。もう大人だから、私」


 そういって、アイリス急いで走り去っていく。

 エルも慌ててその後を追う。


 俺は呆然として、温かい感触を残した頬に触れる。


「な、なんだったんだ……」


 この俺があまりの突然さにびっくりして動けなくなるとは……。ある意味天敵かもしれねえな……。


 楽しそうにフードを深くかぶり、何やらエルにどやされながら2人は王宮へとさっていく。


 騒がしい奴らだったな。まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。

 皇女か……がんばれよ。


 遠くから、またね! という大きな、透き通るような声が聞こえ、俺は黙って手を上げた。

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