第39話 噂の一年生

「丁寧に丁寧に…………うふふふ、そうそう。マンドレイクは慎重に扱ってね。死んでから後悔したんじゃ遅いわよ~」


 優しそうな見た目をした高齢の女性は、俺たちの手捌きを眺めながらこれまたおっとりした声で言う。あまりに穏やかな語り口調なものだから、俺たちは物騒な言葉をすんなりと耳に入れ、違和感を覚えず聞き流す。――がしかし、それについて騒ぐ男が隣に一人。


「……おいおい、今聞いたか?」

「何が」

「今死ぬって言ったぞ? 俺の聞き間違いか? すげえ物騒なこと言わなかったか?」

「言ったな」

「言ったな。じゃねえよ、正気か?! 普通死ぬなんて言葉あんなおっとり言う?! もう少し鬼気迫る感じで言ってくれねえとうっかり死んじまうよ!」


 紺色の髪を後ろで縛った長身の男、アーサーは小声でそう俺に話しかける。

 その目には、驚愕の色が感じられる。


「うっかりで死ぬなよ……マンドレイクで死ぬとか今時はやらねえぞ」

「だからもっと鬼気迫る感じで注意してくれって話だよ」

「つっても、確かに実際毎年のマンドレイクによる死者は意外と多いからなあ。二桁は居るらしいぜ」

「こんな野菜みたいなので死ぬという事実が怖えよ……。――うっ、今マンドレイクと目が合った気がする……」


 アーサーは嫌そうな顔でツンツンと採れたてのマンドレイクを突く。


「ノアはあれか? ローウッドでマンドレイクに触れなれてるのか?」

「いや、そうでもねえよ。これは錬金術師が使うことが多いしな。俺は専門外だ」


 すると、俺の隣に立ち作業する少女――赤い髪をハーフアップでまとめたニーナ・フォン・レイモンドが、何か思うところがあるように「錬金術……」とつぶやく。


 ニーナと錬金術は遠からずも近からず。懇意にしていた先輩が専門としていたものだ。いつも彼女の手からはこのマンドレイクの匂いが漂っていた。


 結局、彼女の目的はニーナの殺害で、それをニーナ自身は知らないのだが、今さら言う必要もない。寂しそうな顔をしているがそのうち時間が解決してくれるだろう。


「どうだ、ニーナ」

「え? あぁ、マンドレイク。本で見た事はあるけど……やっぱりなんかちょっと気持ち悪いね」


 そういい、ニーナはべえっと舌を出す。


「はは、わかるわかる」


 すると、薬草学の先生はこれまた穏やかな声で続きを話す。


「皆さんご存じの通り、マンドレイクは抜いた瞬間叫び声をあげるわ。その叫びを聞いた人は死んじゃうの。じゃあどうやって取るか。……昔の人は犬に紐をくくりつけて引っこ抜いたと言うけれど…………あらやだ、私は昔の人じゃないわよ? 私よりもっともっと昔のことよ」


 と、誰も気にしていないことについて、先生は否定しながらうふふと笑う。

 それを聞いて笑う者は誰も居ない。何となく笑うとキレそうな雰囲気があるのだ。穏やかなのに。


「――でも、現代はもっと簡単でね。昔は魔術も発達してなかったから、叫ぶまでの間にマンドレイクを絞めることができなかったのよ。そこで今日は、魔術を使ったマンドレイクの採り方を学びましょう。さっきあなた達が触っていたとれたてのマンドレイクみたいに綺麗に採りましょうね」


◇ ◇ ◇


 本校舎廊下――。


 窓の外では体術の訓練を行なっている他のクラスの生徒達が見える。


 俺たちは波乱の薬草学をなんとか死人ゼロで乗りきり(当然の如く数名の気絶者は出た)、次の授業への向け教室を移動していた。


 この生活にもだいぶ慣れてきたものだ。

 冒険者の頃はとにかくいろんなものがせわしなかったし、汚かった。物も雑に扱ったし、任務掛け持ちで寝る間もないこともしばしば。任務が終わればさっさと帰り次の任務に向けて準備して…………しかし、この学院は長閑な物だった。


 治安も悪くないし、自主性を重んじるとは言っても最低限のルールはしっかりとあり、余計ないざこざも自警団の連中があくせく働いて取り締まってる。


 入学して1ヶ月、やっと俺たちは普段のペースを掴み自分の研鑽に時間を当てられるくらいには慣れてきたのだ。


 でもまだ校内は広く、足の踏み入れたことのない場所が数多くある。魔術で隠された扉も何個か見つけはしたが、何に使われているのか、何があるのかはわからない。地下施設の結界も気になる……が、まあいずれ知る時が来るのだろう。


 リムバでの演習は、俺達のパーティは全体で六位に食い込んだ。

 俺がキマイラと戦い、アーサー達が先生を呼びに行っている間にクラリス級の魔術師達により差を縮められた結果、最終的にその順位に落ち着いたのだ。セオ・ホロウ曰く、最初のペースだったら一位だったらしい。まあこればっかりは仕方がない。


 とは言え、六位は十分にいい成績だ。俺としては満足いっている。一位じゃなかったのは残念だが、今回の方向性として考えていたアーサーとニーナの成長は上手く促せたし、結果オーライだ。本番は歓迎祭だしな。


「――――あれだよ……」

「まじ? 平民だろ?」

「知らねえよ、聞いたんだよ」

「あれがねえ……ノア・アクライト……」


 後ろから、ヒソヒソと声が聞こえてくる。

 また始まった。


「こそこそとまぁ、本当人気者になったなあノアさんよう」


 アーサーは俺の肩に腕を回すと弄るようににやけ面をする。


「ノア君は元々凄いし、人助けできる人間だからね!! 有名になるのは当然だよ。やっと皆も分かってきたんだね」

「そんな好意的な感じでもねえけどなあ。ノアも歩くたびに色んなところから視線を感じるのはうざいだろ? そんな経験ねえだろうし」

「あー……」


 それがあるんだよなあ。ヴァンだった頃は、楽だったから雷の転移で各地を移動していたせいで雷鳴と共に現れる"雷帝"として広く知れ渡ってしまっていた。だから、俺がギルド支部に入ると大抵の冒険者は聞き耳を立てて俺の様子を伺っていたものだった。

 

 だが、その気持ちも分からなくはない。


 クエストというのは連鎖的に起こるものだ。

 例えば、オークの一団の出現により、生息域が人里に追いやられたモンスターの集団が商人を襲っていた場合、大抵低ランクの任務として商人の護衛が発注される。一方で、諸悪の根源であるオークは討伐難度も高めで、その土地の所有者や近隣の村が金を集めて発注する高ランクの任務になる。


 つまり、もし俺が小さな依頼の諸悪の根源とも言うべき大元の依頼をこなしてしまえば、そういうので稼いでいるCやB級の連中は職にあぶれてしまうということだ。


 実際に、俺がオークの一団を壊滅させた時、商会の護衛任務についていた連中からクレームが入ったことがある。オークから逃げて街の近くで商人を襲っていたモンスターたちが、オークが消えて戻っちまったせいで商売あがったりじゃねえか! と。

結果として全員が安心して暮らせる最善策だったってのに。ま、彼らは日銭さえ稼げればいい、底辺の冒険者という訳だ。


 とにかく、そう言うわけで俺は羨望の眼差しも嫉妬の眼差しも、そして怒りの眼差しも受け慣れているのだ。


「だかそれは、強者の勤めだよなあ、新入生!!!」


 大きな声が、廊下に響き渡る。

 その場にいた全員がそちらに振り返る。


「げっ」


 アーサーは変わった目を見開き叫ぶ。


「ドマ先輩……!!」


 すると、隣の女性――ナタリアさんが、腕を組み俺たちの前に立ちはだかるドマにツッコミを入れる。


「あなたが向けられているのは奇異の眼差しでしょ…………いっつも騒ぎ過ぎ」 

「知るか! ――それより、聞いたぞ新入生! ノア・アクライト!! どうやら大層な活躍だったようだな」


 ドマはニヤリと口角を上げ、嬉しそうにしながら腕を組む。


「はあ、まあ……噂になるくらいには」

「相変わらずなんだその反応は。もっと喜べ、そして涙しろ! この俺の耳まで届くとは余程だぞ。……まあいい! これで舞台は整った!!」

「何がっすか?」


 俺の言葉に、ドマはビシっと指を一本立てる。


「歓迎祭……貴様は優勝しろ! そしてこの俺と正式な場で死ぬまで殴り合おう!!」


 殴り合おうというのが明らかにこいつの性格を表している。なんと暑苦しい……。


「いよいよ公式の場で貴様との戦いが実現すると思うと俺は感動で夜も眠れん。貴様を見出したのはこの学院では俺が一番最初だからな!!」

「……ドマ」


 ふと、後ろのナタリアさんがドマに声を掛ける。


「なんだナタリア。また水を差す気か? いい加減よしてくれ」

「……いや、とっても言いにくいんだけど、歓迎祭で一年生と戦えるのは二年生よ」

「………………」


 ドマはゆっくりと後ろを振り返り、不思議そうに小首を傾げる。

 それに合わせるように、ナタリアは頷く。


「……ふぅ。ノアよ。どうやら天は俺たちの戦いを余程恐れてると見える」

「飛躍しすぎじゃないっすかね」

「そうだな、飛躍の時かもしれん。猶予を与えてくださったのだ、寛大に受け取ろうじゃないか」


 だめだ話が噛み合ってない。

 相変わらず嵐のように自由な人だ。


「ともかくッ!! 貴様はすでに注目の的だ! その一挙手一投足に皆の期待と憎悪が集まると思え。そして俺と戦うまでしっかりとその魔術を磨き上げろ! いいな!!」


 そう言い、ドマは高笑いしながら俺の答えを待つこともなく去っていった。


「言うだけ言って去っていきやがったあの男」

「あ、相変わらず強烈な人だね……。でもノア君のことはちゃんと認めてくれてるみたいだね」

「良いんだか悪いんだか……余計なのにばっかり絡まれんだから俺は」


 すると、ドマが居る時は静かにしていた一年生が再び小声で話し出す。


「ドマさんに認められてる風だったけど……」

「どうせ嘘を語ってるんでしょ。ひどいわ」


「あぁ!?」


 っとアーサーがそいつらを睨みつける。

 すると、二人はそそくさととその場を離れていく。


「ったく、一発言ってやった方がいいぜ? ああいうのは根も葉もないうわさが広まるもんだ。あいつらBクラスだろ? 特に変な情報だけ出回ってそうだからな」

「はは、別に俺は気にしてねえよ。どうせ歓迎祭で全部わかるんだ、放っておけよ」

「へいへい。さすが最強は違いますねえ」

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