第9話:お風呂は一人で入りたい
開封前のコーラを振ってから渡すという子供じみた陰湿ないたずらによって俺の顔と服はベタベタになった。どんだけ振ったんだって文句を言いたかったけれど、一葉さんがケラケラとしてやったりな笑顔になっていたから何も言えなかった。
とりあえずピザを温かいうちに食べる。肉系とシーフード系の二枚だったが腹が減っていたことと久しぶりのピザということ、さらに二人ということも重なりあっという間に完食してしまった。
「さて。腹も膨れたことだし風呂に入ろうかな。あれ、入れるよね?」
「もちろん。ガス、電気、水道は全部使えるようになっているから大丈夫ですよ」
よし、それなら安心だ。俺はこの家の探索も兼ねて浴室へと向かう。一部屋ずつ扉を開けていくがやっぱり一番気になったのは寝室だな。キングサイズのベッドがドカンと置かれており、そこには枕は二つ、布団は一つ。まるでラブラブな夫婦の寝室だ。もしかしてここで一葉さんと寝るの?
就寝までまだ時間はあるからそういうことは後回しにして、俺は浴室を目指す。そこにあるバスタブもまたびっくりするほど大きかった。二人が足を伸ばしてくつろげるほどだ。え、一葉さんと一緒にお風呂タイムするの?
「やばい……考えただけで俺の大事な何かかが色々死ぬ」
理性君が絶滅危惧種の仲間入りを果たすのも時間の問題だ。そうじゃなくても思春期男子の妄想はヤバいというのに、一葉さんのような神々しい女神的な超絶美少女といきなり同棲を始めるとなればいつ間違いが起きてもおかしくはない。
「あら、私は別に間違いが起きてもいいですよ? むしろ歓迎しますよ?」
声に出ていたのか!? と言うか気付けばいつの間にか一葉さんが背後に立っていた。腕を組み、澄まし顔をしているけど足がプルプル震えている。歓迎すると口では言っているけれど怖いんじゃないか。
「……嫌がる子に無理やりしたりなんかはしない。そういうことは相思相愛になってからだ」
「私は何も言ってないませんが、勇也君がそう思っていてくれてとても嬉しいです。でも、私はいつでも歓迎なのは訂正しないからそのつもりでいてくださいね」
一々ドキッとさせるようなことを言うんじゃありません! すぐに好きになってしまうじゃありませんか! はぁ、と俺はため息と一緒に煩悩を吐き出す。陥落する未来は恐らく確定的だろうが少しくらいは抵抗させてくれ。せめてもう少しだけ、一葉楓という人物について知りたい。
「それで、勇也君は一人でお風呂に入るつもりですか?」
「……あのねぇ一葉さん。そういうことは身体を震わせながら言ったら意味がないよ?」
「……ふ、震えてないですよ? そ、そう見えるのは勇也君の眼球が揺れているからじゃないですか? わ、私は至って正常ですよ?」
声も震え始めているけどそこを指摘したところで余計に強がるだけだろう。俺はやれやれと肩をすくめてから浴槽をシャワーで軽く流してから栓をしてお湯張りのボタンをした。温度は41度。これくらいが長湯をするにはちょうどいい。
「もちろん、一人で入るから一葉さんはテレビでも観ていてよ。くれぐれも! 覗かないでね?」
「それあれですか、ダチョウな三人組的な振りですか? 押すなよって言われたら押すのがお約束のように、覗くなと言われたら覗かずに突撃してこい的なことですか? つまり勇也君は覗かれることをご所望なんですか? もう、素直じゃないんだから」
人の話を聞く気がないな。というかこの場合、立場が逆じゃないか? 普通は一葉さんがお風呂入っている時に俺に覗かれることを嫌がるのではないだろうか。
「私? 私はむしろウェルカムですよ?」
その発言は自分の身体を腕で隠しつつくるっと背を向けながら言うものじゃない。戸惑うから発言と行動を一致させてくれ。まぁ頬を赤くして口を尖らせているのが可愛くてポイント高いけども。
「はいはい。わかった。ならチャンスがあれば覗きに行くよ。でも俺は覗かれるのは嫌だから勘弁してやめてくださいね、と」
ぶーと口を膨らませる一葉さんを無視して―――可愛かったけど―――俺は詰め込んできたスーツケースの中身から下着やパジャマ、バスタオルを取り出す。なぜかテレビ、レコーダー、加湿空気清浄機などの家電は揃っているのに洗濯機や冷蔵庫はなく、日用品の備えは微妙。鍋や包丁はあるのに食器はないとか。どうしろって言うんだ。
「明日は買い物に行くって言ったじゃないですか。朝から家電量販店で洗濯機と冷蔵庫を選んでその後はかっぱ橋で食器選びです。私一人で選んでもよかったんですが、どうせなら勇也君と一緒にお買い物がしたかったので……」
風呂の用意が出来るまでの間に尋ねたらこういうことらしい。同棲を始める男女が一緒に買い物に行くのはわかるけれど、さすがに高校生が買いに行くのはどうなのだろう。それにお金のことはどうするのか。というか、お父様は家電メーカーの社長ですよね? それで揃えたらいいんじゃないですか?
「冷蔵庫や洗濯機などの生活に関わるものは自分たちでちゃんと見て、店員の話を聞いて選べと父は言っていました。その意見に私も賛成したんですが、ダメですか?」
ダメも何も俺に選択権はないし、強いて言えば俺もその意見に賛成だ。テレビ、レコーダーは観られたらいい、録画できればいいという人も多いが毎日使うようなものは実際に触って選んでみたい。それに、家電を選ぶのってなんかワクワクしないか?
「えぇ。私もです。これから一緒に暮らすのですから二人が納得したものを選びましょう。フフフ。明日が楽しみですね」
なんだか夢みたいだな。クソ親父が借金作って海外逃亡してタカさんの舎弟になるって思ったら一葉さんに助けられて、その見返りに同棲と将来結婚が俺の意思とは関係なく決定して、今こうしてマンションに移動してきて明日は生活用品を買いに行くデート。傍から見れば順風満帆バラ色人生勝ち組案件だろう。実際俺もそう思う。
「さぁ、お風呂の準備も出来たようですし入りましょう。身体を流してあげますよ」
「ナチュラルに一緒に入ろうとすな。一葉さんが良くてもまだ俺が恥ずかしいの。だから大人しくしてて」
おでこに優しくデコピンをしてから俺は一人で浴室へ向かい、侵入されないように扉に鍵をかける。ガチャガチャと音がして
「あれ、おかしいです! 勇也君! どうしましょう! 扉が開きません!」
一葉さんが騒いでいるが全部無視だ。ガチャガチャがドンドンに替わり、ガンガンに変化して激しさを増していくが無視だ。
「はぁ……絆されたくないなぁ」
何日耐えられるだろうか。いや、もしかしたらすでに―――なんてことを自嘲しながら俺はゆっくり湯船に浸かった。
あっ、寝室問題。どうしよう。一緒のベッドで並んで寝ないとダメかな?
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