2月14日特別回:チョコレートフォンデュをしましょう!後編

 宮本さんの運転で俺達がやって来たのは家電一式をそろえたときにお世話になった家電量販店だ。おやつの時間に間に合わせるために開店早々にやって来たが、あの時の店員さんはいるだろうか?


「フッフッフッ。そのあたりは問題ありません。いらっしゃることは昨日問い合わせをして確認していますから」


 不敵に笑う楓さん曰く、昨日のうちに店舗に電話をして出勤の有無とその時間を確認したとのこと。


「昨日も出勤されていたので直接話をしてオススメの機種を選んで取り置いてくれていると言っていました。あとはそれを私たちが確認して問題なければ購入です」


 そんな電話をいつの間にしていたのか気になるところではあるが楓さんにしては手際がいいな。そんなにチョコレートフォンデュがしたかったの?


「むむっ。その顔はもしかして私がこっそり電話していたことに嫉妬しているんですか? どうなんですか!?」

「べ、別にそんなんじゃないし? 店員さん相手に電話したくらいで嫉妬なんてしないし?」


 そっぽを向きながら言う俺に対して楓さんはフフッと小さく笑ってから耳元に顔を近づけて、


「安心してください。私は勇也君一筋で、あなたのことが大好きな新妻です」


 ふぅと熱い時ともに囁かれた言葉に俺の身体に電流がほとばしり、心臓はドクンと大きく脈を打つ。だが落ち着くんだ俺。ここは店内だ。しかも週末ということもあって開店直後でもお客さんはそれなりにいるので恥ずかしさが限界突破だ。


「勇也君の答えを聞かせてほしいです。どうなんですか?」

「どうって……そんなの言うまでもないと思うけど……」

「ダメです。ちゃんと言葉にしてください。そういう約束をしましたよね?」


 ぐいっと顔を近づけてくる楓さん。確かに、言葉にして伝えないとわからないこともあると話をした。でもそれは今じゃなきゃダメなのか? 店員さんや他のお客さんがいるなかで言わないとダメなことなのか!?


「ダ・メ・で・す! さぁ、早く教えてください。勇也君は私のこと、どう思っているんですか?」

「―――くっ。お、俺だって楓さん一筋だよ。あなたのことが大好きです! これでいいですかね!?」


 半ばやけくそ気味に俺は叫んだ。楓さんはムフフと満足げにしており、店内の女性陣はなぜか拍手をもらい、男性陣からは怨念のこもった視線をいただきました。


「あ、あの……店内でイチャイチャするのはいい加減勘弁していただけますか? 他のお客様とうちの社員が悶え死んでしまいますので」


 両手に品物を抱えながら、眼鏡をかけた細身の店員さんが開口一番俺に対して苦言を呈してきた。いや、おっしゃる通りです。むしろ恥ずかしさのあまりに穴を掘って入りたいし、なんなら悶え死ぬのは俺の方ですよ。


「お久しぶりですね。わざわざ取り置きまでしていただいてありがとうございます。こちらがオススメのチョコレートフォンデュが出来る機械ですか?」

「はい。値段も手ごろですし、そこまで大きくないので場所を取らないかと。初めての方にはオススメの商品です」

「フフッ。ならこちらを頂きますね。持ち帰るので取っ手をつけていただけますか?」

「かしこまりした。それではお会計をしますのでこちらへどうぞ」


 楓さんはまるで淑女のように店員さんとやり取りを交わしてあっという間に購入手続きを済ませてしまった。切り替えが早いというよりもまるで別人みたいだな。でもこういう楓さんも新鮮でカッコイイし頼りになる。


「もう、勇也君ったら……そんなに褒めても何も出ませんよ?」

「これは本心だよ。俺も頼ってもらえるような男にならないとな。あ、荷物は俺が」

 店員さんから荷物を受け取る。そんなに大きな箱ではないがずっしりとしているな。

「フフッ。もう十分頼りにしていますから自信を持ってください」


 言いながらごく自然に腕を絡めて身を寄せてくる楓さん。慈愛に満ちた女神のような穏やかな微笑みを口ともにたたえている。

「ありがとうございましたぁ。またのお越しをお待ちしております」


 感情のこもっていない声で店員さんに声をかけられても嬉しくない上に不気味ですらある。死んだ魚のような眼で見ないでくれませんかね?


「…………これだからリア充は。末永くお幸せに! また指名してくださいね!」

「はい、ありがとうございます! また来るときはお声がけしますのでよろしくお願いしますね」


 いや、家電量販店に指名制度とかあるんですかね? 店員さんも直立不動で心臓を捧げるポーズをしないでもらえませんかね!? ノリが良すぎるだろうこの人。

「フフッ。それではまた。さぁ、勇也君。機材は買ったので次は食材の調達に行きますよ! イチゴとかバナナとかマシュマロとか、色々買いましょうね!」



 *****



「第一回チョコレートフォンデュ大会の開催をここに宣言します! パチパチパチ!」

「テンション最高潮になっているところ申し訳ないけど、その前にまず準備をしないとだからね?」


 帰宅した俺達はエプロンを身に着けて台所に立ったのだが、楓さんは御覧の通りすでにクライマックス状態だ。小躍りしそうな勢いで一人盛り上がっているけどこんな調子で大丈夫か?


「大丈夫です、問題ありません! 私は買ってきた果物の下ごしらえをするので勇也君には主役のチョコレートさんの湯煎をお任せします!」

「それが一番重要な作業なんですけど俺に任せるってどういうことですかね!? そこは逆じゃないですか?」


 だが俺の抗議は悲しいことに楓さんには届くことはなく、彼女はウキウキしながら果物をパックから取り出して調理を始めてしまった。

 やれやれと肩をすくめながら、俺は諦めて作業を開始する。

 まずは買ってきた板チョコ数枚を溶けやすいように刻んでお鍋の中へ。そしてIHの電源を入れて保温モードにする。溶け始めたらレンジで45度前後に温めておいた牛乳を少しずつ入れながらツヤと滑らかさが出るまで木べらで描き回す。実に神経を使う作業だ。


「んんっ!! このイチゴ、甘酸っぱくて美味しいです! まさに食べごろって言った感じです!」


 だと言うのに隣で作業している楓さんは貴重な大粒イチゴを呑気につまみ食いをしていた。フライングで食べるなんてズルいぞ。


「もう、しょうがないですね。はい、あ―――ん」


 両手が塞がっている俺の口元に楓さんがイチゴを近づけてくれたので口を開けてパクリ、としようとしたころでイチゴは急旋回して楓さんの口の中に吸い込まれていった。ドヤ顔している楓さんがこの時ばかりは許せなかった。俺の純情を返せ。


「えへへ……そんな怖い顔をしないで下さいよ。あとでちゃんと食べさせてあげますから。ね? ほら、チョコレートソースいい感じですよ! そうだ! 私は機械を組み立ておきますね!」


 そう言って楓さんはお皿に盛りつけた果物たちを抱えて逃げるように台所から離れていった。チクショウ。この分あとでたくさん食べてやる。


 出来上がったソースを鍋ごとテーブルに持っていくと楓さんが早く早くと手招きをしていた。機械は無事に組み立てられておりスイッチもonになっているので準備万端だ。


「勇也君、私も一緒にお鍋を持ちます。それでケーキ入刀ならぬチョコレート投入をしましょう。夫婦の初めての共同作業です!」


 楓さんは俺の手に自らの手を重ねて共に大きくないお鍋を持つ。さっきまでは何ともなかったのに〝初めての共同作業〟なんて言うから急に恥ずかしくなった。頬が熱を持ちだしたし、心臓の鼓動も速くなる。


「行きますよ、勇也君! それ!」


 呼吸を合わせてゆっくりと鍋を傾けてチョコレートソースを注いでいくと機械がウィンウィンと動き出し、やがて―――


「見てください勇也君! カーテンです! チョコレートのカーテンです! すごいです!」


 きゃぁと興奮して俺の肩をバンバンと叩くのは地味に痛いのでやめてください。まぁ無邪気にはしゃいでいる楓さんは可愛いからあえて口にはしないけどさ。


「それでは改めまして、第一回チョコレートフォンデュ大会をここに開催いたします! イチゴ、いきまぁ―――す!」


 戦場へ繰り出すかのような掛け声ととともに、俺達はこのためにわざわざ買った細長いフォークにイチゴを刺してカーテンの中へ突撃を仕掛ける。たっぷりと全体にチョコをかけて、零れないように気を付けながら素早くパクリ。


「「美味しいぃ―――!!」」


 思わず楓さんと声が重なった。チョコレートの甘さの後にやってくるイチゴの酸味と果汁の甘みが口の中にふわりと広がる。


「これは堪りませんね! 次はバナナにしてみます。チョコにバナナは鉄板ですよね! 美味しくないはずがありません!」


 楓さんは次々に果物をフォークに挿してチョコに浸けて食べていく。そのスピードたるや早食い選手もびっくりすることだろう。俺はマイペースにイチゴを中心に食べていく。別にさっき食べ損なった恨みとかじゃない。


「あぁ、もう……急いで食べるから口元にチョコが付いているよ、楓さん」

「はふ? どこれすかぁ?」


 もぐもぐとリスのように口いっぱいに頬張りながら答える楓さん。あぁ、もう。一々可愛いなぁ。食べながら喋るんじゃありませんって注意できないじゃないか。

 そんな時、俺の頭の中に天啓が降りてきた。曰く、〝やり返すなら今がチャンスですよ〟と。確かにそうだな。今日は楓さんにドキドキさせられっぱなしだからな。少しくらい仕返しをしないとな。


「今拭いてあげるからじっとしててね」

「はい。ありがとうございま―――!?」


 テッシュで拭くふりをして、俺は顔を近づけてペロッとチョコを舐めとった。うん、甘くて美味しい。


「うん、キレイに取れたね。もう大丈夫だよ」

「あ……あぅ……ゆ、勇也君……いまなにを……ペロッて……ペロッとしたんですか? 少女漫画に出てくるイケメン男子ですか?」


 顔を赤くして、口をパクパクとさせながらうわ言のように呟く楓さん。ドキドキさせることが出来たみたいだから作戦は成功だな。さて、俺も食べますかね。


「―――ちょっと待ってください、勇也君」


 え? と反応しようとしたら楓さんが食べかけのイチゴチョコを口に含みながら近づいて来て俺の顔を両手でしっかり押さえてキスをしてきた。


「んっ……」


 楓さんは吐息を漏らしながら、柔らかい舌と一緒に〝食べて〟と言うようにイチゴを俺の舌に絡ませた。口の中一杯に広がる甘さはイチゴチョコだけのものではない。

 やりたいことを成し遂げた楓さんはゆっくりと俺から離れるが、透明な糸がたらりと垂れたのがなんとも色っぽく、それをペロリと舐めとる楓さんは妖艶な女神だ。その漆黒の瞳から目が離せない。


「フフッ……どうしたんですか、勇也君。目がトロンとしていますね? そんなに良かったですか、口移しで食べるのは?」


 ダメだ。頭がぼぉっとして何も考えられない。そんな俺を見て楓さんはクスリと笑うとまたチョコをたっぷり付けたイチゴを手渡してきた。


「今度は勇也君が食べさせてくれませんか? 私も口移しで食べたいです」


 耳元で囁かれた瞬間、俺の理性のカケラは弾けた。目の前にいる小悪魔で女神な楓さんの柔腰に腕を回してそっと抱き寄せて口づけをした。

 甘くて酸っぱい特別な時間が静かに流れていく。


「続きはベッドで……優しく私のこと食べてくださいね?」


 俺の答えは―――言うまでもない。


 それでもあえて言うのなら、いつもより飛び切り甘くて熱いひと時で───


「勇也君……大好きです」


 幸せな時間になりました。

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