2月14日特別回:チョコレートフォンデュをしましょう!前編

 ある週末の夜のことだった。


「突然ですが勇也君! チョコレートフォンデュがやりたくなったので明日買いに行きませんか!?」

布団に入って寝ようかというタイミングで楓さんがテンション高めに言ってきた。


「いや、本当に突然だね、楓さん。どうしていきなりチョコレートフォンデュ?」

「天啓が降りてきたんです。〝明日はチョコレートフォンデュをやるのです。そうすれば幸せになれます〟って」


 胸の前で手を合わせて祈りを捧げる聖女のようなポーズをとる楓さん。様になっているのだが、まったくもって答えになっていない。でもきっとこれ以上尋ねても答えは出てこないばかりか駄々っ子モードに突入するだけ。それはそれで可愛いから見たい気もするが我慢しよう。


「わかったよ、楓さん。そういうことなら明日は朝から色々買い物に行こうか。頑張って起きてね?」

「勇也君ならそう言ってくれると思っていました! おやつの時間に間に合うにようにしないとですね! 起こしてくださいね? そのときはもちろんちゅーでお願いします!」

「たまには頑張って自分で起きます、って言ってほしいかな」

「お姫様の眠りを覚ますのはいつだって王子様のキスって決まっているんです。でもその代わり……王子様を心地いい夢の中に導くのはお姫様の―――」


 言いながら、楓さんは俺の首に腕を回してすぅっと身体を近づけて優しく唇を重ねてきた。風呂上がりのシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり癒される。このままずっとこうしていたい。


「えへへ。これ以上していたら眠れなくなっちゃいそうなのでこの辺にしておきましょうか。朝はよろしくお願いしますね?」


少し長めの口づけが終わってしまったことを名残惜しんでいる俺に、楓さんははにかみながら言った。その頬には朱が差していたが俺もそれに負けないくらい赤くなっていることだろう。いつだって楓さんとのキスはドキドキする。

「うん……わかった。それじゃおやすみ、楓さん」

「はい。おやすみなさい、勇也君」



*****



 いつもと同じ時間に鳴ったアラームと腕に感じた重さで俺は目を覚ました。首を横に向けて確認すると、そこにあったのは女神の寝顔。


「えへへ……勇也君ってば大胆ですよぉ……そこは……ダメですぅ」


 前言撤回。女神は女神でも駄女神かもしれない。寝るときは枕に頭を乗せていたはずなのにどうして俺の腕にいる。加えて離れないと言わんばかりに俺の腰に腕を巻き付けているではないか。


「楓さん、朝だよ。起きて」


 とんとんと肩を叩く。


「んぅ……無理です。起きれません。ちゅーしてくれたら考えます」

「…………」


 すりすりと頬ずりしながら言うと、ぎゅぅっとより一層強く抱き着いてくる楓さん。どうせ俺よりほんの少しだけ目が覚めたから俺を抱き枕にしたのだろう。寝ぼけたふりをしているがだまされないからな。


「わかった。悪い子にはとっておきのキスをしてあげるね」

「私は悪い子じゃないですよ―――って、へ? 勇也君!?」


 楓さんの身体を抱えてぐるりと一回転してマウントポジションを確保。両手をバンザイの状態で拘束して抵抗できなくすると楓さんは慌てて目を開けるがもう遅い。この体勢になったらどんなに身体をねじっても逃げ出すことは出来ない。


「お、おはようございます、勇也君。これはその……一体どういうことですか?」

「おはよう、楓さん。朝から狸寝入りする悪い子へのお仕置きかな?」

「うぅ……だって勇也君にくっつきたかったんだもん。勇也君にぎゅぅすると暖かくてすごく幸せなんだもん。いいじゃないですかぁ」


 瞳を潤ませながらそういう楓さん。あれ、これじゃ俺が悪いことをしたみたいになっていないか?


「勇也君が悪いんです。だから罰として今すぐキスをしてください。あ、もちろん濃厚なちゅーでお願いします」

「…………」


 ちょっと俺が反省したらすぐこれだ。

「えぇ!? どうして無言に離れるんですかぁ!? ちょ、寝室から出ていかないで下さい! わかりました! 普通でいいですから! おはようのキスがないと始まらないんですよ!」


 静かにベッドから降りて寝室を後にしようとしたら楓さんが飛び起きて袖を掴んできた。その身体をそっと包み込むように抱きしめてからキスをした。


「おはよう、楓さん」

「あ……うぅ……おはようございます、勇也君」


 窓から差し込む朝日に照らされた楓さんの顔は湯気が出るほど真っ赤になっていた。そんな彼女が可愛くて、俺はもう一度キスをした。


 今度は少し長めの深くて甘い大人の口づけ。朝からするには相応しくないかな?


「フフッ。勇也君から積極的になってくれるのは嬉しいです。あ! もしかして朝から狼さんモードですか!? そうなんですか!? それじゃベッドに戻らないと!」


 俺はため息をつきながら一人妄想を爆発させる楓さんの頭にそっと手刀を落とした。

 

 



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