181話:棒倒し

 体育祭におけるメインイベントとして必ずと言っていいほど名前が挙がるのは男子騎馬戦と棒倒しではないだろうか。もちろんクラス対抗リレーやラストに行う大縄跳びも盛り上がるが、この二つは何と言っても迫力が桁違いだ。


「この後のことも考えて、怪我には気を付けないとね」

「そうだな。午前の最後はリレーの予選もあるし、午後には決勝。怪我なんかしてられないな」


 これから始まる棒倒しに参加するため、俺と伸二はクラスのテントを出て待機所に来ていた。俺達以外だと野球部の茂木を筆頭に運動能力が高く、同時にガタイのいい男子が多く集まっている。

紅組、白組を合わせた総参加人数は60名を超えており、騎馬戦に次いで参加人数が多い競技である。


「万が一勇也が怪我なんかしようものなら一葉さんと二階堂さんの二人も同時に機能停止になるからね。絶対にやめてね?」

「楓さんはわかるが二階堂もか? というか伸二、それを言うならお前もだからな? お前が怪我をしたら大槻さんが機能停止になるからな?」


 そうなったらクラス優勝を果たすためには絶対に負けられない種目の一つである玉入れの勝ち目がなくなってしまう。


「そしてお前達リア充二人が怪我をしたら俺達非モテ男子が女子から非難を浴びることになるから絶対に怪我をしてくれるなよ!」


 茂木を筆頭に我がクラスの男子、いやそれどころか同じチームである紅組の男子ほぼ全員がうんうんと頷いている。一致団結するのはいいことだな。


「なぁ、茂木。前々から思っているが、お前は彼女がいるよな? ならこちら側のはずだろう?」

「黙れ、吉住! それとこれとは話が別だぁ! 明和台が誇る三大美少女を侍らせておきながら期待の新入生までも仲間に取り入れるとは言語道断! 背中には気を付けることだな!」


 涙目になりながら宣戦布告をするのはいいが、言っていることがさっきと真逆だぞ、茂木。そんなことをしたら楓さんから極寒の視線を浴びることになるぞ。あと期待の新入生ってもしかして結ちゃんのことか?


「宮本さんは一年生の中では断トツで可愛いと評判ですよ、吉住先輩」


 俺の疑問に答えてくれたのは見覚えのある天然パーマの一年生。バスケ部に所属しており、身体つきはまだまだだが筋はいいし根性あると二階堂が言っていた。


「えっと……キミは確か結ちゃんと同じクラスの八坂君、だったかな?」

「はい! 一年四組の八坂保仁やさかやすひとです。改めてよろしくお願いします!」


 よろしくと、俺も返してから握手を交わす。八坂君はカッコイイというよりも可愛い系の男子だな。伸二と近しいものを感じる。まぁ伸二の場合は猫の皮を被った虎だが、八坂君の場合は紛うことなき子犬系か?


「俺、吉住先輩には負けませんから。この棒倒し、絶対俺が相手の棒を倒しますから!」


 どうしてだろう、すごくカッコイイことを言っているはずなのに可愛いと思ってしまうのは。まるでご主人様に褒めてもらうためにフリスビーキャッチを頑張る愛犬のようだ。


「先輩の独壇場にはしませんからね。俺だってここでカッコイイところを見せてあの人に───」


 俯きながらぶつぶつと独り言を呟き始める八坂君。心なしか頬が赤くなっているのは暑さのせいだけじゃないはずだ。どうやら彼にも自分の活躍を見せたい相手がいるようだ。その相手が誰なのかをここで聞くのは野暮だな。


「まぁあれだ。お互い怪我だけには気を付けて頑張ろうな。それにこれは紅白戦。紅組が勝てるように一緒に頑張ろうな」


 俺が差し出した手を八坂君は苦虫を嚙み潰したような顔でじっと見つめる。


「なんだか男の器の違いを見せつけられて気がしますが……はい、一緒に力を合わせて頑張りましょう!」


 ガシッと俺達は再び握手を交わした。それにしても八坂君は見かけによらず握力が強いんだな。力いっぱい握りすぎだと思うよ。



*****



 棒倒しについてルールを説明するまでもないと思うが、簡単に説明しておこう。まずチームを棒を立てる防衛組と相手の棒を倒す攻撃組に分ける。試合開始の合図とともに攻撃組が相手の棒に攻撃を仕掛け、相手方の棒を先に倒した方の勝ちとなる。


 身軽で足の速い俺と伸二、そして八坂君は攻撃組に入り、パワータイプの茂木は防衛組に入った。当然目立つのは攻撃組なので茂木は文句を言ったが、


「でもさ、大地。僕らが棒を倒すのに手間取っている間に必死に倒されないように身体を張って守っている姿はカッコイイと僕は思うんだよね。きっと女子にも伝わると思うよ? そもそも僕らが勝つには大地達の頑張りは必要不可欠だからね。頼んだよ?」


 伸二のこの説得によって茂木は笑顔で〝任せろ! 勝利の為に全力で身体を張るぜ!〟と宣言した。単純な奴で助かった。あ、ちなみに大地と言うのは茂木の名前である。


「試合開始の合図が鳴ったら僕達攻撃組はまずグラウンドを半周しないといけないから、相手より先に到達することが勝利への絶対条件だね」

攻撃組の数は紅組、白組ともに15名弱。この中で足の速い俺達に求められているのは先陣を切って一秒でも早く相手の棒を攻め倒すこと。


「先頭を任された俺達の責任は重大ってことですね……」

「そういうことだ、八坂君。だから最短最速で攻め切るぞ」


 スタートラインで二度三度、屈伸をして身体をほぐしながら俺は隣の八坂君に言った。八坂君の50m走のタイムを聞いたらかなり良いので驚いた。クラス対抗リレーにも出場するそうなので、油断のならない相手になりそうだ。


「勇也くーーーん!! 頑張ってぇ!!」

「吉住ぃ! 負けたら承知しないぞぉ!」

「シンくーーーん!! ケガしないようにねぇ!」


 茂木が言うところの明和台三大美少女から声援を送られて俄然やる気が沸いてくるが、相手のヘイトも溜まってしまうのは考えものだ。憎しみをパワーに変えるなよ?


「八坂君! ここは男の見せ所だよ! 頑張って!」


 結ちゃんから声援を浴びる八坂君。中々隅に置けないな。


「……吉住先輩は勘違いしているので言っておきますね。俺が声援を浴びたいのは宮本さんじゃないですよ」

「え? 違うの?」

「はい。まぁ誰かは教えませんけど。そんなことより吉住先輩。そろそろ始まりますよ?」


 八坂君に言われて視線をグラウンドの外に向けると、スターターを務める体育祭実行員がちょうど台の上に乗るところだった。俺は軽く息を吐いて集中する。


『位置について……よーい──────パンッ!』


 乾いた音がグラウンドに鳴り響いたのとほぼ同時に、俺達は敵陣目掛けて駆け出した。


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