第34話:ところかまわずイチャつくな!

 伸二にストロベリーな空間を無自覚に出すなと言われてから四時間後の昼休み。俺達四人は珍しくカフェテリアで昼食を食べていた。朝の一件で教室には入りにくいと


 課外合宿で宿泊するのはパスポートのいらない英国というコンセプトのもと、7万3千坪の広大な敷地に中世英国の街並みを再現したリゾート施設。俺達が宿泊するゲストハウスの外観や内装もまた同様だ。ドラマの撮影地で使われたことで観光地としても有名な場所である。

 

 生まれてこの方スノースポーツに縁がないのでそう言った装備は何一つ持っていないので早急に準備をしないといけないと思っていたのだが、


「あっ、勇也君のウェア一式は用意しておきました。ちなみに私とペアルックなやつです!」


 気付いたら楓さんに用意されていました。正式には運転手係兼執事の宮本さんの仕業だな。どんなものかと尋ねたら写真を見せてくれた。シンプルな青と水色という同系色での大胆なカラーブロックが特徴のデザインだ。ちなみに楓さんは赤とピンク。待て、これ有名ブランドで高い物じゃないか!?


「値段のことは気にしないでいいですよ。父に話したら喜んで買ってくれましたから。むしろこれでいつか一緒に滑りに行けるな! ってはしゃいでいましたから」

「マジか……てことは俺もある程度滑れるようにならないとダメってことじゃないか。どうしよう、楓さん」

「大丈夫です! 当日は私が手取り足取りマンツーマンで指導しますから! 私に任せて下さい!」


 おぉ、なんて頼もしいお言葉なんだ! 楓先生、是非とも初心者な私に指導のほどよろしくお願いします!


「フフッ。優しく丁寧に教えてあげますから安心してください。えへへ……危うく転びそうになると勇也君を抱き留めて雪の上で抱き合う……えへへ……」


 よし。楓先生の前では意地でも転ばないように気を付けよう。倒れる時は前のめりだ! とよく言うが、楓さんの前では恥ずかしがらずに尻もちをつこう。二人きりの時はまだしも衆人環視の前で、しかも雪の上で転び倒れて抱き合うなんて恥ずかしさが現界突破だ。


「ストロベリーな空気を抑えることはできないんだね、勇也。僕からはもう何も言えないや」

「ヨッシーが相当の天然さんだったなんて思わなかったよ。楓ちゃん、頑張ってね!」

「無理です……予想していない時に飛んでくるので耐えられません……」


 はぅと顔だけでなく耳まで真っ赤にして楓さんは俯いた。別におかしなことは言っていないと思うんだけど、教えて伸二先輩!


「いやさ、みんなの前だと抱き合うのが恥ずかしいけど二人きりならいいか、ってさらっと言われたら誰だって恥ずかしくなるでしょ? 聞いているこっちもなんだか恥ずかしくなるよ」

「そうだぞ、ヨッシー! 君の無意識なストロベリー発言のおかげで私達のライフはもう0だよ! 楓ちゃんなんて復活の呪文を唱えても立ち直れないレベルだよ!」

「うぅ……いいんです、秋穂ちゃん。こうなったら勇也君には自分の発言の責任をしっかりとってもらいますから」


 それってどういう意味ですか、楓さん? もしかして転ばなくても雪の上で寝っ転がりながら抱きしめろとか言うんじゃないですよね? そんなのさすがにハードルが高すぎて無理ですよ?


「私が満足するまでハグしてもらいますからね。覚悟していてください。今夜は寝かせませんよ?」

「…………誤解しか招かない発言はよしてくれ」


 幸いなことにこの発言は俺にだけ聞こえるように耳元で囁いてくれたのだ。ただそうなると必然的に俺との距離は縮まるわけで。そんなことを多くの生徒がいるカフェテリアでやったらどうなるか。黄色い悲鳴が上がるに決まっている。


「勇也、一葉さん。ここは家じゃないから気を付けてね?」

「そうだよ、楓ちゃん。ヨッシーのこと言えなくなるよ? というか二人ともやり取り自然すぎるよ……新婚夫婦かよ」


 大槻さん、新婚カップルは言いすぎじゃないかな? 確かに同棲しているし、この調子でいけばいずれそうなることは確定的な未来だとしても今の時点では話を飛躍しすぎだ。


「そうですか? 私達、新婚さんに見えますか?」

「うん、見える見える。ちょー見える。ラブラブな新婚さんだよ。いらっしゃいにも出場できるよ。でも楓ちゃん。ここは学校だから自重しようね?」


 自重するも何もこれくらい普通のやりとりじゃないのか? まぁ確かに顔を近づけてコソコソ話したのは軽率だったなって思うけど、これくらい伸二と大槻さんだってやっていうだろう?


「一葉さんと勇也だから問題なんだよ……僕と秋穂の比じゃないんだよ。でも、これはこれでいいのかもしれないね」

「伸二、それはどういう意味だ?」

「だって、これだけ堂々とイチャイチャしていたら誰も君達二人の間に割って入ってこようとしないはずだよ? それは勇者とか猛者とかを通り越してただの愚者、空気の読めない人だよ」


 愚か者とか空気の読めない人とか、辛辣に言うんだな。でも、それも一理あるな。だって伸二と大槻さんの仲睦まじさを毎日見ていてそれでもなお大槻さんにちょっかい出そうなんて考えは微塵も浮かばなかった。二人の強固な絆に立ち入る隙は無い。


「そういうこと。勇也と一葉さんの間には何人も通さない強固な壁が出来ているんだよ。むしろ二人だけの結界かな? ほんと、すごいよ」


 俺と楓さんがそういう空気を出しているか。傍から見ればそうなんだろうけど、俺の中ではまだまだだ。そもそもしっかりと楓さんに気持ちを伝えていない。


 だからこの課外合宿で気持ちを伝えるんだ。この人なら大丈夫。あの人たちとは違い、俺が頑張れば隣からいなくなったりしない。


「頑張ってね、勇也。僕は応援しているよ」

「ありがとう、伸二。お前が友達で本当に良かった」


 持つべきものは友だ。伸二と出逢えたことは俺にとって本当に幸運だ。


「ねぇねぇ、楓ちゃん。シン君とヨッシーの雰囲気もヤバいと思わない?」

「そうですね、秋穂ちゃん。あの二人は友情を越えた何かを感じます。ヤバいですね」


 そこの女子二人。よからぬ妄想をするんじゃありません!


 それから昼休みが終わるまで。俺達四人は課外合宿の話題に花を咲かせた。


 

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