第51話:埋め合わせを所望します
手早く作った夕食をのんびり食べる。お供に流すのはネット配信されている映画。選んだのは楓さんのリクエストで十年ぶりに劇場映画として復活を果たしたロボットアニメだ。当時から生存が囁かれていた主人公がよみがえり、最後の作戦を実行するというストーリー。新機体も登場してとにかく胸が熱くなる作品だ。
「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ。この台詞カッコいいですよねぇ……」
「俺は楓さんがこの作品のファンだってことに驚きだよ」
「キャラデザが好きな漫画家さんだったから観てみようかなって思ったんです。そしたら面白くて嵌ってしまいました。勇也君も好きなんですか?」
もちろんだとも! なにせ俺の好きなアニメベスト10に入る作品だ。何度もループで観るくらいには好きだな。
「まさか勇也君と好きなアニメの話が出来るなんて思いませんでしたよ。じゃぁ好きなドラマはなんですか? 私は―――」
なんて事のない会話がとても楽しい時間に変わる。楓さんに好きと伝えてから、もっと彼女のことが知りたいと思うようになった。俺しか知らない一葉楓を増やしていきたい。そう思うのは俺のわがままだろうか?
「たまにはこういう話もいいですね。あ、そろそろお風呂に入らないと寝る時間が遅くなってしまいますね。どうしますか? 今日こそ一緒に入りますか?」
「……楓さん。そう言うことは軽々しく言うもんじゃないよ……」
そりゃ入りたいに決まっているさ! 告白するまでは鋼の自制心で誘惑に耐えてきたけど正式に恋人関係となり、ハグをしてキスをしたら自制心が悲鳴を上げっぱなしだ。そんなところに混浴のお誘いをされたらどうなるか! 自分でも発言と考えていることが一致していないのは理解しているが、おいそれと頷いてはダメだ。
けれど、この日の楓さんはいつもと違った。普段なら舌を出して「冗談ですよ」ってからかってくるのだが、今夜は顔を赤くしながら上目遣いで俺のことを見つめながらこう言った。
「わ、私はその……ゆ、勇也君と一緒にお風呂に入りたいです……ギュッてされながら湯船に浸かりたいです。二日間、一緒にいる時間がいつもより減ったので寂しかったんです。それに……」
ここで一度言葉を切る楓さん。俺も一緒にいられる時間が減って寂しいと感じていたのは同じだ。楓さんも同じ気持ちだったと知ることが出来てなんだか嬉しくなった。そしておそらく次に続く言葉もなんとなく予想がつく。
「勇也君が好きって言ってくれたその日の夜に一緒にいられなかったのがすごく切なかったんです」
あぁ、やっぱり俺と同じだったか。俺もあの夜を楓さんと過ごせなかったことが心残りだった。星空の下で告白をするということだけに集中していたせいでその後のことを全く考えていなかった俺の落ち度だ。
「それに……あの夜、勇也君は『家に帰ったら埋め合わせをするから』と言っていました。その約束を果たしてもらいます!」
いや、確かに埋め合わせをするとは言ったけども! 言ったけどもそれが混浴ってそれは少しおかしいと思うよ、楓さん!
「それとも。勇也君は私と一緒は嫌……ですか?」
「嫌じゃありません!」
瞳を潤ませながらの上目遣いで見つめられたら素直になるしか選択肢がないじゃないか! 恥ずかしいが、楓さんと一緒にお風呂に入れるのは男冥利、いや俺にのみ許された特権だ! 誰にも渡すつもりはない!
「エヘヘ。やりました! 勇也君と念願のお風呂です! それじゃ早速準備してきますね!」
「あ、あぁ。よろしく。洗い物は俺がやっておくよ……」
ありがとうございます、と楓さんは言い残してスキップで風呂場へと向かった。夜なのにテンションが最高潮になっている。そんな浮かれ気分でも自分が使った食器は流しに運ぶところが楓さんらしい。
「勢いで了承したけど色々大丈夫か、俺……」
洗い物をしながら我に返って冷静に考えてみるが多分ダメだな。目を閉じて素数を数えてやり過ごすしかない。
お風呂を洗うにしては随分と遅かったが、楓さんがリビングに戻ってきた。途中で止めていた映画を再開して鑑賞するが俺の頭はすでにそれどころではない。お風呂の準備が出来ないことを祈ってしまう。
けれどこの祈りは届くことはなく、完了を知らせる軽快なメロディーが流れた。
「さぁ! 楽しい混浴タイムですよ、勇也君! 私は少ししたら向かうので先に湯船に浸かっていてください。あっ、くれぐれもいつかのように私が入ったら逃げ出したダメですからね? いいですね?」
「わ、わかってるよ……今日は逃げないから。俺もその……覚悟決めるから」
開き直れ、俺! たかが一緒にお風呂に入るだけじゃないか! 目をつぶり、背中を向けていればどうってことはない! 女神の裸身を直接見なければ理性が吹き飛ぶことはない。だから大丈夫! 俺はここを乗り越えられる!
俺は念入りに身体を洗い、浴槽のふたを開ける。その中に俺は風呂の扉の前にこれ見よがしに置いてあった入浴剤を入れた。透明だった湯船が白濁色へと変化する。
「なるほど。これならなんとなるか……」
楓さんも馬鹿ではなかったようだ。これならひとまず安心だ。はぁ、久しぶりにゆっくり足を伸ばせてお風呂に入れるのはいいもんだなぁ。
「勇也くーーーん。湯加減はどうですかぁ?」
「あぁ……最高だよぉ。楓さんも早くおいでよぉ」
「わかりました。今行きますね」
キィイイとゆっくりと音を立てながら扉が開く。俺はごくりと唾を飲み込む。
「お待たせしました、勇也君」
身体を覆うタオルを巻いた楓さんが、頬を朱に染めて立っていた。
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