第135話:噛みましたでしゅ。
球技大会二日目。時刻は12時半過ぎ。今年も白熱した試合も女子のバスケ、男子のサッカーともに決勝戦を残すのみとなった。
「まずは女子の決勝からか。まさか決勝の相手が結ちゃんのクラスになるとはね」
いつもの五人に結ちゃんを加えて六人で解放されているカフェテリアで昼食を食べ終え今はリラックス中。話題はこのあと始まる女子バスケの決勝戦。二階堂率いる我が二年二組の相手はまさかまさかの結ちゃんのいる一年四組。下馬評を覆しての大躍進だ。
「えっへっへっ。驚きましたか、吉住先輩? これが私達の実力なのですよ!」
えっへんとドヤ顔で胸を張る結ちゃん。この得意げな顔も今回ばかりは素直に称賛の言葉を送るしかない。去年の二階堂や楓さんですら成し得なかった一年生にして決勝まで勝ち残ったんだからな。
「もしかたらとは思っていたけど決勝まで勝ち残るなんてね。本当にすごいよ、結。」
「結ちゃんは運動神経に全振りしていますからね。その代わりお勉強の方は……まぁあれですけど」
楓さんの深いため息がすべてを物語っているな。ゲームでいうところの物理攻撃特化型みたいな感じか? 何でもいいから物理で殴る! いや、違うか。
「チッチッチ。甘いよ、楓ねぇ。私は中学の三年間で変わったんだよ? 例えるならラノベの地の文で〝スポーツ万能、成績優秀〟って書かれるくらいに成長したんだよ!」
ドヤ顔Vサインを決める結ちゃん。三年もあれば人は変わるからな。特に結ちゃんは大好きな楓さんのもとから強制的に離されたんだよな。一皮むけるって意味では十分な転機になったことだろう。ちょっとうざいけど。
「そうですか。それなら安心です。もしも勉強が分からなくて試験勉強一緒にしたいと言われたら教えてあげようかなって思っていましたがその必要もなさそうですね」
楓さんは笑いながら、しかし棘のある声で言った。どうやら結ちゃんのドヤ顔連発にイラっと来たようだ。
「……え? 楓ねぇが私の家庭教師をしてくれるの?」
「結ちゃんが昔のままだったらやぶさかではありませんが、〝成績優秀〟ならその必要もなさそうですね」
「そんなぁ!? 高校の勉強について行けるかはわからないから私の家庭教師になってよ楓ねぇ! お願い!」
泣きそうな顔になりながら楓さんの腕を掴んで懇願する結ちゃん。まぁ高一の中間テストは中学の頃の延長線上みたいなものだから何とかなる。もちろん授業をちゃんと聴いているって前提だけど。
「ア……アハハハ……」
「……もしかして結ちゃん、さっそく居眠りしているんですか?」
楓さんからの追及にぎくぅ! と肩を震わせる結ちゃん。うん、その反応がすべてを物語っているな。高校生になってまだ一か月も経っていないのに、すでに授業中に夢の中へ旅立っているのか。大物だな。
「しょ、しょうがないじゃん! 慣れない生活にリズムが崩れているんだもん! それに完オチしているわけじゃないよ! ちょっとウトウトしているだけだもん!」
「…………」
「うわぁぁん! 楓ねぇの目が笑ってないよぉ! 助けて吉住先輩!」
そこで俺に助けを求めないでもらえるかな!? ほら、結ちゃんがくっついてくるから楓さんが鬼の形相になっているじゃないか! 俺を巻き込まないでくれ! くっつくなら二階堂にして―――っていない!?
「哀ちゃん達なら先に移動するって言っていました。それと、勇也君……私は別に怒っていませんよ? えぇ、怒っていませんとも」
「よ、吉住先輩……楓ねぇの背後に赤髪の剣士が見えませんか? 鬼のボスも裸足で逃げ出す最強の剣士さんですよ、あれ」
結ちゃん、それ以上はいけない。ネタには色々あるけど、そのネタは今一番デリケートで触れてはいけないやつだ。まぁそれくらい楓さんの怒りが具現化しているってことだけど。
「ふっふっふっ。結ちゃん、随分と勇也君に懐いているみたいで私はすごく嬉しいです。でもそろそろ離れましょうか? そこは! 私の! 場所でしゅ!」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。こういう時、どんな顔をすればいいかわからないけど、笑ってはいけないことだけは間違ない。だから結ちゃんも俯いて必死に笑いを堪えている。
「でしゅ……場所でしゅ……ププッ……楓ねぇが噛んだでしゅ。プププッ」
こら結ちゃん! よりにもよって噛んでしまったことをそんな風にいじったらダメだよ! 楓さんだって噛みたくて噛んだわけじゃないんだよ! それに可愛いじゃないか! 真顔で〝でしゅ〟だぞ! 録音すればよかった。
「うぅ……一生の不覚です。肝心なところで噛むなんて……」
「だ、大丈夫だよ、楓ねぇ。プ、ププッ……すごく、ププッ……可愛かったでしゅよ? ププッ」
プチンッ、と楓さんの堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がした。そして底冷えするような静かな声で言った。
「……結ちゃん。この後の決勝戦……覚悟してくださいね?」
「……へ?」
「フフフ……私の全力中の全力を見せてあげます。せいぜい楽しませてくださいね?」
祝え、魔王一葉楓がここに誕生した瞬間である! なんてことを叫びたくなるくらい、楓さんの瞳は激情に燃えていた。けれど纏う空気はどこまでも冷たくて、まさに最強の魔王様だ。
「さぁ、勇也君。そろそろ行きますよ」
「は、はい……かしこまりました」
魔王様の執事になった気持ちで俺は楓さんの後に俺は続いた。行かないでくださいと必死に手を伸ばす結ちゃんにごめんねと心の中で手を合わせた。まぁ調子に乗った結ちゃんも悪いと思うから自業自得かな。
「勇也君。さっきのことは忘れてくださいね? 脳内メモリから可及的速やかに削除してください」
噛んじゃったことをよほど気にしているのか、楓さんは歩きながらボソッと言ってきた。いや、忘れられるものなら忘れたいのだが、残念ながら難しいかな。
「どうしてですか!? 勇也君もいじるんですか!? 私だってたまには噛むときだってありますよ!」
「いや、そう言うわけじゃなくてね。単純にすごく可愛かったから。噛んだ時も、噛んだ後の恥ずかしくて真っ赤な顔も全部ね。だから忘れることはできないかな」
「も、もう……勇也君の馬鹿」
耳まで赤くしながら言って、楓さんは俺の隣に並んでギュッと手を握ってきた。指を絡めて恋人繋ぎをする。お互いジャージ姿で生徒の目もちらほらあるが気にすることなく決戦の地へと向かう。
「えへへ。勇也君から元気をチャージです! ついでにハグをして『頑張ってね』と頭をナデナデしてくれたら完璧ですよ?」
「それは……帰ってからでいいかな?」
「では、その言葉に期待して頑張ります! 勇也君は……大丈夫ですか? 勝てそうですか?」
わずかだが楓さんの声音に不安の色が混じる。無理もない。相手はサッカー部主将の杉谷先輩率いるクラスが相手だ。サッカー部に所属している生徒が最多故に、優勝候補筆頭と目されている。事実、準決勝まで無失点という成績だ。
「勇也君なら大丈夫です。それに今日は私がついていますから。全力で応援します。だから勇也君のカッコいいところ、たくさん見せてくださいね?」
はにかんだ笑みを浮かべながら楓さんから俺だけに送られた激励に心に火が点いた。それは一瞬で燃え上がり、無限の力が湧き出てくる。
「ありがとう、楓さん。俺……負けないから」
「フフッ。その意気です。頑張ってね、勇也君」
その言葉に今度は力強く頷いた。でもその前に楓さん達の応援をしっかりしないとね。頑張れ、楓さん!
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