第134話:優勝したらご褒美をあげます!

 球技大会二日目の朝。時刻はただいま6時半。枕もとでスマホが起床しろと号令をかけてくるので即座に中止させて身体を起こそうとすると―――


「んぅ……ゆうやくん……はなれちゃやぁです……」


 腰にしっかりと腕を回し、胸板に頬をぴったりくっつけて密着している楓さんに阻まれた。まだ夢の中にいるのか、楓さんはむにゃむにゃと何かしゃべっている。


「ゆうやくんはぁ……私のゆうやくんなんですぅ……誰にも渡しませ―――ん」


 俺を抱きしめる腕にさらに力が入る。痛いどころか楓さんの豊潤な果実の感触を味わえるのでいいのだが、この人はご承知の通り夜は着けない派だ。しかも最近暖かくなってきたからパジャマも薄手になった。つまり……みなまで言うまい。


「ゆうやくんに頭ナデナデしてもらうのは私の特権ですぅ……にゃむにゃむ……」


 逆に言えば楓さんの頭を撫でるのは俺だけの特権ということでもあるわけで。寝言でも独占欲を発揮する楓さんが可愛くて、思わず髪を梳くように優しく撫でる。起きないといけないのにこの至福の時間を手放したくない。


「えへへ……勇也君に頭をナデナデされるの好きです」

「俺も楓さんのことを撫でる好きだからね」

「あとあと! 勇也君とおはようのちゅーをするのも好きです」


 あぁ、俺だよ、と答えようとしたところで楓さんとの会話が成立していることに気が付いた。だが時すでに遅く、楓さんがくるりと半回転して俺の上に覆いかぶさってきた。見つめ合い、軽い目覚めのキスを交わした。


「おはようございます、勇也君。相変わらず早起きさんですね」

「おはよう、楓さん。今日は珍しく早起きさんだね」

「むむっ。いつまでも私がお寝坊さんだと思わないでください! 私だってやればできる子なんですよ!?」


 そうだね、楓さんはやればできる子だよね。でも朝早く起きられない程度の欠点はあってもいいと思う。寝ぼけている楓さんを起こすことは俺の密かな楽しみだから、それを奪わないでほしいな。


「もう……そんな風に言われたら毎朝寝たふりをしないといけなくなるじゃないですか!」

「大体夢の中だけどね」

「うぅ……朝から辛辣です」


 しくしくと俺の胸に顔を押し付けて悲しがる楓さんの頭をポンポンと撫でる。そろそろ布団から出ませんか? というか離れてほしくないけど離れてください。


「もう少しいいじゃないですかぁ……勇也君の温もりを堪能させてください」

「いや、それなら元の場所と言いますか、上から降りてくれませんかね? いや、むしろお願いだから降りてください」

「? どうしてですか? この方がくっつけるからいいじゃないですか」


 おっしゃることはごもっともです、楓さん。でもね、時として密着してはいけないとい言いますか、男の矜持的なものがそれを拒みたくなる時があると言いますか、つまり朝は危険だから離れてほしいんです。


「あぁ! なるほど! 大丈夫ですよ、勇也君。私、気にしませんから!」

「俺が気にするんですぅ! 恥ずかしくて死にそうなの! だからほら、起きるよ!」


 楓さんの細くてしなやかな、それでいて適度な肉付きのある腰に腕を回すと、驚いてビクッと肩を震わす楓さん。だけど俺の目的はハグではない。てぃっ! と気合いを吐き出してぐるりと半回転してマウントポジションを奪った。


「もう……朝から大胆ですね、勇也君。でも私はいつでもウェルカムです!」

「まったく……そういうことは夜に言おうね。ほら、いい加減起きて。寝ぼけているならシャワー浴びておいで」

「えっ!? 一緒にですか!? 勇也君と一緒に朝シャンですか!? それなら起きます!」


 布団を蹴り上げる勢いで起き上がった楓さん。いや、一緒に朝シャンしないからね!? あなたが寝ぼけた頭をスッキリさせている間に朝食の準備とかするんだからね!?


「えぇ……いいじゃないですか。時間はたっぷりあるんですから一緒に朝シャンしましょうよぉ! じゃないと私、二度寝しますよ! いいんですか!?」

「………………はぁ」

「勇也君!? 無言から深いため息は止めてください! ちょっぴり傷つきますよ!?」

「……わかった。今日は特別だよ、楓さん。朝シャン、行こうか」


 へ? と呆けた顔をする楓さん。どうしたのさ? 一緒にシャワー浴びるんでしょう? それとも朝から湯船に浸かる? 五月になったけどまだ朝は少し涼しいから湯船に浸かるのも悪くないね。うん、時間に余裕もあるからお風呂にも入ろう。


「ほら。何しているの、楓さん。早く起きてお風呂に行くよ。それともやっぱり止める?」

「や、止めません! 一緒に朝シャン、じゃなくて朝風呂します! えへへ。勇也君が珍しく朝からデレデレモードで嬉しいです」


 朝日に負けないくらい眩しい笑顔で腕に抱き着いてくる楓さん。デレデレモードってなんですかね?


「勇也君は顔に出やすいんですよ。ほんのり頬が緩んでいるのがその証拠です。きっと自覚はないんでしょうけどね」


 そんな馬鹿な。指摘されて俺は確かめるために自分の頬を触ってみるが特に緩んでいるとは思えない。


「いいんです。私だけが分かっていれば。そんなことよりお風呂ですよ! 朝風呂です! 寝汗を流してすっきりして、優勝目指して頑張りましょう!」

「そうだね。優勝したら藤本先生のおごりで焼き肉もあるし、頑張ろう!」

「そ・れ・と! 今夜の二人だけの祝勝会も忘れないでくださいね?」


 え、二人だけの祝勝会? なにそれ聞いてないんだけど?


「フフッ。期待していてください。優勝したら勇也君が『もう無理です』っていうくらい幸せな気持ちにさせてあげますから!」


 それはあれだよね? もうお腹いっぱいで無理って言うくらい豪勢な手料理を振舞ってくれるとかそういう意味だよね!? そうだよね?


「それは……禁則事項です!」


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