第57話:作戦決行のちキスの雨

 伸二が考案した作戦で重要なポイントは三つある。


 まず一つ。俺は楓さんの、伸二は大槻さんの背後に位置付けするのだが、この時言い争いに夢中になっている二人に絶対に気付かれてはならないということ。この作戦はサプライズ要素が大切だからだ。


 そして二つ目はタイミングを合わせること。先んじても遅れてもダメ。息を合わせて同時に行うことも重要だ。


 そして最後。ここが最も重要な点になるのだが、それは何より優しく包み込むこと。気持ちを込めて優しく抱きしめてから耳元で囁くのだ!


「秋穂。君の気持ちはわかったよ。でもその辺で終わりにしてそろそろ帰る準備をしようか」

「楓さんの気持ちは十分伝わってきたよ。ありがとう。だからこの辺りで終わりにしよう?」


 顔を突き合わせていたそれぞれの思い人を後ろから抱きしめて無理やり引き剥がす。するとどうでしょう。あんなに騒がしかった楓さんと大槻さんが借りてきた猫のように大人しくなったではありませんか。


「ゆ、勇也君……」


 楓さんの思いは十分すぎるくらいわかったからね。ありがとう。大好きだよ。そう思いを込めて頭を撫でた。もしこの場にいるのが俺と楓さんの二人きりだったら口に出していたのだが、さすがに伸二達がいる前では恥ずかしいからやめておいた。


「エヘヘ……勇也君に撫でられる好きです。もっと撫でてください!」

「フフッ。わかったよ。たくさん撫でてあげるね」


 嬉しそうな表情を見せる楓さん。うん、すごく可愛い。


「なんだろう。すごく負けた気がするんだけど……」

「シ、シン君も大概だけどヨッシーはそれ以上かも……楓ちゃんのデレ顔の破壊力もやばいね」


 楓さんの気の済むまでハグしたままナデナデしていたかったのだが、伸二と大槻さんが帰ると言い出したことで強制終了となった。


 それからすぐ。どこかげんなりした様子の二人を見送り終えると騒がしくも楽しかった勉強会という非日常空間となっていた我が家に静寂が戻ってきた。ソファに腰掛けるとどっと疲れが押し寄せてきた。


「あぁ……夕飯どうしようか。何も考えてなかったわ」

「勇也君が作ったミートソースがまだ残っているので今夜もスパゲティにしちゃいますか? 私は全然いいですよ?」

「そう? 二日連続で悪いけど今日もスパゲティにしようか。お湯湧かさないと……」

「私がやりますよ。でもその前に、頑張った勇也君にご褒美を上げないとですね」


 それは朝言っていた特別指導ですか!? このタイミングでくれるの? でも一体なのを―――?


「フフッ。それはですね……こういうことですよ」


 微笑む楓さんがとった行動は。なんとびっくり! ソファに座っている俺の上に跨るということだった。それはダメだよ、楓さん! しかも跨るだけじゃなくてコアラのように首に腕を回してきた。


「夜の特別指導は……キスの練習、っていうのはどうですか?」


 耳元で囁きやき、そのままはむっと甘噛みされた。驚きと言い知れぬ快感に身体中に電流が走る。


「フフッ。ビクってして可愛いです。ねぇ、勇也君。キス……しましょう?」


 魅惑の誘いを断る理由はない。緊張のあまり唾を飲み込んでから楓さんとキスをした。いつもはすぐに離れて終わりだが、今は楓さんにがっちりホールドされているので逃げられない。鳥が啄ばむように唇の先をチュッとするような軽いキスを何度も繰り返す。


 これはまずい。何も考えられなくなるくらい幸せで脳が溶けていく。身体は膨大な熱を帯び、ふわふわと宙に浮くような感覚。


「はぁ……んん……フフッ。こうして何度もキスをするのもいいですね。勇也君から求められている感じがしてすごくドキドキします」

「俺も……すごくドキドキして、クラクラするよ、楓さん……」

「で、でも今日はこれくらいにしておきましょう! 夕飯の準備は私がしますから、勇也君はゆっくりしていてください。これ以上は私の理性が持ちません……」


 最後はボソボソと呟いていたので聞き取れなかった。


 楓さんは俺の上からゆっくりと立ち上がると台所へと向かう。俺は惚けた頭でその後姿を見つめた。


 それにしてもなんて恐ろしい特別指導だったんだ。こんな指導をもう一度されたら俺は多分狼さんになる確信があった。


 いや、本当の狼さんは俺ではなくて楓さんなのでは?

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