第58話:お背中流しますよ!

 食事をしている時も、テレビを観ている時も、何故か楓さんはいつも以上にニコニコ顔だった。対して俺は先ほどのキスの雨のせいで彼女の口元を見つめるだけで動悸が激しくなるくらい参っていた。


 勉強再開しても頭は全然働いてくれない。ペンを握る手が数分おきに勝手にフリーズしてしまうくらい集中力がなく、その都度ため息が零れる。


「大丈夫ですか、勇也君? 顔が赤いですよ?」

「な、何でもない。なんか疲れているみたいだからリフレッシュするためにお風呂入ってくるわ」


 まったく。誰のせいで顔が赤くなっていると思っているんですかね。それもこれも全部、楓さんが突然跨って来てたくさんキスをしてきたからだ。まぁ一人で湯船に浸かれば少しはましになるはずだ。


「あっ! それなら私も一緒にいいですか? 一日勉強頑張った勇也君の背中を流します!」


 ぐっと拳を握りながらふんすと鼻息荒く提案してくる楓さん。今日は本当にどうしたんだろ。積極的にもほどがあるというか、本当に狼さんになってしまったではと思えて眩暈がする。


 だが、ここで恥ずかしがってこの申し出を断ったとして、次に楓さんがとる行動は読めている。俺が服を脱いで浴室に入る直前に突撃をかましてくるはずだ。そしてドギマギする俺をからかい、楽しむはず。そうはさせない。


「……そうだね。楓さんに背中を流してもらうのも悪くないね。それなら流し合いっこしようか? お互い頑張ったねって意味を込めてさ」

「―――ッ!? ゆ、ゆうやくん!?」


 フッフッフッ。急所にあたった! 効果は抜群だ! タイプ一致による弱点属性攻撃で4倍ダメージにクリティカルで楓さんのヒットポイントを1まで削ったぞ!


「ほら。なんなら風呂場まで一緒に行こうよ、楓さん。背中洗うだけじゃなくて洋服も脱がして欲しいの?」

「ち、違います! 服は自分で脱げます! 勇也君が素直にうんって頷いたからびっくりしただけです! 絶対断ると思ったのに……」


 ほら見ろ。俺の予想通りじゃないか。俺が焦り、断る前提でわざと提案してくるとはさすが策士楓さん。だがそう何度もうまくいくと思うな。


「もし俺が断っていたらどうしていたの?」


 そして大事な答え合わせの時間である。さて、自分の思惑通りに事が運ばず、俺からのカウンターを受けて頬を赤くして可愛く口を尖らせている楓さんの作戦は一体どのようなものだったのでしょうか!?


「それはもちろん! 勇也君がお風呂場に入る直前に突撃する予定でした! あっ、服はあらかじめ寝室で脱いでおいて水着を着て突撃です! そのための準備はもう済ませてあります!」


 これは半分正解で半分外れと言ったところか。バスタオルじゃなくて水着を着用してくるとは予想できなかった。だってこの前はしっかり裸だったじゃないか。と言うかいつ水着を用意していたんだ? 3月になったとはいえまだ水着シーズンにはほど遠いはずだが。


「フッフッフッ。甘い。甘いですよ、勇也君。確かに今年の夏に勇也君とプールや海に行くための新しい水着はまだ買っていませんが、こういうとき用のものはちゃんと用意があります。これは勇也君も喜ぶこと間違いなしです!」


 ほぉ。それはすごい自信だな。一体どんな水着なのだろうか。もしかして去年の夏に着ていた水着とか? それがどんなものかは知らないけれど、楓さんが着るならどんなものでも可愛いのは間違いない! 俺、気になります!


「それは、見てのお・た・の・し・み、です! さぁ、行きましょう!」


 さりげなく楓さんが腕を組んできた。その心意気はまるで魔王城に突入を仕掛ける勇者の様にお風呂場へと俺を導いた。


 そこでふと。俺はあることに気が付いた。あれ、一緒に入ることが確定している?


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