第46話:星空の下で

「あれがペテルギス、シリウス、プロキオンの冬の大三角ですね!」


 楓さんが喜色満面で南の夜空を指差しながらリズムよく一等星の名を紡ぐ。もしこれが夏の夜空の大三角ならそのまま歌になりそうだ。


「こんな綺麗な星空、都会じゃ観られませんね!」

「そうだね……すごく……綺麗だね」


 綺麗なのは星じゃなくて楓さんだよ。なんてキザな台詞は飲み込む。楓さんが講師の人に教えてもらったという高台は確かに絶好の観測スポットだった。少し登っただけで空との距離が縮まったように錯覚する。


「勇也君とこんな素敵な星空を観ることができて私は嬉しいです。勇也君はどんな気持ちですか?」


 握っていた手を離し、その代わりに腕を絡ませてくる楓さん。上目で俺のことを見つめながら答えを待っているその姿は反則的に可愛い。いつもの俺ならここで照れて視線を逸らしてぶっきらぼうに言っていたが今日は違う。


「俺も同じ気持ちだよ。楓さんと一緒にいられてすごく嬉しいし……その幸せだよ」

「わ、私と一緒にいられて幸せですか? 本当に……そう思ってくれているんですか?」


 楓さんはわずかに声を震わせながら尋ねてきた。その瞳には憂いを帯びているのが見て取れる。どうして不安になるのだろうか。


「ねぇ、楓さん。今までずっと言えなかったことがあるんだけど、聞いてくれるかな?」

「……もちろんです。最後まで聞きますから、勇也君の気持ちを教えてください。覚悟は出来ていますから」


 覚悟って大袈裟だな。それをしているのは俺の方だよ。あなたに拒絶されたらと考えるだけでどうにかなりそうだ。組んだ腕を離して向かい合う。


 俺は一つ深呼吸をしてから―――


「とんでもないきっかけで一緒に暮らすようになってもうすぐ一か月。今まで知らなかった楓さんをどんどん知っていくにつれて、俺はどうしようもないくらいあなたのことが好きになった」


「楓さんのことを好きになればなるほど……俺は怖くなった。俺を置いてどこかにいなくなるんじゃないかって。そんな人じゃないってわかっているのに不安になった。だって俺は両親に捨てられたから……」


「もうあんな思いはしたくない。一人にはなりたくない。そう考えたら気持ちを伝えられなかった」


「でも、もう限界。あなたへの思いを我慢しておくことが出来ないくらい俺は楓さんのことが好きになってる」


「……勇也君……」


「楓さんだけだった。俺の努力を認めてくれたのは。それだけじゃなくて褒めてくれて頑張れって応援してくれた。その気持ちがとても嬉しかった。最初はただの憧れだったけど、あなたのことを知れば知るほど好きになった……」


 俺はここで一度言葉を切り、もう一度深呼吸をする。楓さんは泣いていた。



「楓さん。あなたのことが好きです。世界中の誰よりも。吉住勇也は一葉楓を愛しています」


「―――勇也君!」


 我慢していたのか。俺が言い終えた瞬間に楓さんが抱き着いてきた。受け止めて、ぎゅっと優しく抱きしめる。


「嬉しい……やっと。やっと勇也君の気持ちを聞けました」

「待たせてごめんね」

「いいんです。待った甲斐がありました。ねぇ、わかりますか? 私の心臓、すごいことになっているの? でも……フフッ。勇也君の心臓も大変なことになっていますね」


 当然だ。今まで楓さんに抱いていた気持ちを告白したんだ。壊れそうになるくらい脈打つのは仕方ないだろう。でも俺に負けないくらい、楓さんの心臓もドキドキしているのはわかる。音が聞こえてきそうだ。


「私も……一葉楓は吉住勇也のことを愛しています。誰よりもあなたが好きです、勇也君」


 涙を流しながら、けれど笑顔で楓さんが答えてくれた。その涙を拭い、そっと頬に触れると猫のようにスリスリとしてくる。あぁ、なんて可愛い人なんだろう。


「勇也君……抱きしめてくれて、撫でてくれるのはすごく嬉しんですけど……それだけですか?」

「……楓さん?」

「もう……天然さんですね。こういうことですよ―――」


 腰に回していた腕を首まで上げて、少し背伸びしながら唇を重ねてきた。


 楓さんとの初めてのキスは涙の味がした。


 突然のことに俺は動揺したがすぐにそれ以上の幸福に心が満たされて何も考えられなくなる。ただ今はこの幸せを享受したい。


「勇也君……大好きです」

「大好きだよ、楓さん」


 寒さを感じないくらい強く強く抱きしめてお互いの温もりを与え合う。一度思いを伝えたら不思議なことに好きと楓さんに言うことに抵抗はなくなった。むしろ何度も何度も言いたいくらい。


「ありがとうございます、勇也君。私は今、すごく幸せです」


 この幸福がずっと続いていきますように。


 澄んだ空気の夜空に浮かぶ満天の星々に見守られながら、俺と楓さんは二度目のキスをした。


 この日のことを俺達は生涯忘れない。そう思えるくらい幸せなひと時となった。

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