第47話:独り占めしたい

 時間ギリギリまで俺と楓さんは星空を眺めた。もちろんその間ずっと手を握ったまま。楓さんは不満そうに口を尖らせたが、さすがに抱きしめ合っているのは万が一のことがあったら恥ずかしい。


「ぶぅ……この埋め合わせは必ずしてもらいますからね?」

「……わかったよ。家に帰ったら埋め合わせするよ」


 むしろ俺の方が心行くまで抱きしめさせてくださいと懇願したいくらいだ。楓さんの体温や香りを感じるだけで幸せな気持ちになれる。そのまま眠りにつきたい。


「あぁ……今夜は勇也君と一緒に寝たいです。日暮君と寝室が同じなんですよね? 私は秋穂ちゃんなので秘かに入れ替わりできませんかね? そうすればみんなハッピーになりませんか?」


 確かに。こっそり入れ替わってしまえば気付かれることはない。見回りが来ても伸二は疲れてもう寝ていると言えば何とでもなる。だけど―――


「そうしたいのは山々だけどダメだな。仮に伸二や大槻さんが賛成しても俺は断固反対だ。認められない」

「どうしてですか? 勇也君は私と一緒に一晩過ごしたくないんですか?」

「そうじゃない。俺だってできることなら楓さんといつものように同じベッドで寝たいと思ってる。特に今日は尚更ね。でも……その嫌なんだよ。俺が以外の男が楓さんの……その、パジャマ姿を見られるのは……」


 茂木や坂口に黙って入れ替わることは可能だろう。だがもし何も知らないあいつらが突然部屋に入って来たらどうする? 楓さんの可愛いモコモコパジャマ姿を二人に見られることになる。ダメだ。これは許容できるものではない。


「楓さんのパジャマ姿を見ていい男は俺だけだ。たとえ親友の伸二であってもダメだ。ましてや茂木や坂口となれば論外だ。その可能性がある以上、この話は受け入れられない。ごめんね、楓さん」

「……勇也君って、もしかして独占欲強いですか?」

「そうかな? 好きな人の可愛い姿を知っているのは自分だけがいいって思うのは普通のことじゃないか?」


 これを独占欲というのならそうかもしれない。でも男はみんなそうじゃないのか? きっと伸二しか知らない大槻さんの一面があって、それを俺に見せることも話すこともしないだろう。それと同じだ。


「もう……勇也君はやっぱり天然さんです。私のことを簡単にドキドキさせるのは卑怯ですよ。でも……そうですね。私のパジャマ姿は勇也君以外の男の人には見せたくないです。だってそれだけ無防備ってことですもんね!」


 そう言って楓さんは俺の腕に抱き着いた。夜空の星に負けないくらいの輝く笑み。俺は思わず彼女の頭をナデナデした。艶のある黒髪は流砂のようにサラサラで指に引っかからない。撫でていて気持ちがいい。


「勇也君!? ど、どうしたんですか!? いきなり頭を撫でるだなんて!?」

「嫌だった? 楓さんが嫌なら止めるけど……」

「ダメです! 止めないでください! むしろもっと撫でて欲しいです! 勇也君にナデナデされると、とても温かくて気持ちいいですから」


 エヘッ、と蕩けた顔で言う楓さん。あぁもう、可愛いな。こんなことならわしゃわしゃとしたくなるじゃないか!


「ねぇ、勇也君。ナデナデだけ、ですか? 戻る前にもう一度……キス、したいです」

「……うん。俺も、楓さんとキスしたい」


 ゆっくりと顔が近づく。目を閉じながらぷっくりとして柔らかい楓さんの唇に自分のそれを重ねようとした時―――


「あっ! こんなところにいたぁ! あっ……」

「秋穂! 走ったら危ないよ! あっ……」


 親友のバカップルが突如現れて、俺と楓さんは慌てて飛び退くように離れた。あっ、じゃなぇよ! いい所だったのに邪魔するなよな!


「そろそろ時間だから迎えに行かないといけないかと思って来てみれば。このありさまとは……楓ちゃん、まさかあなたがここまで大胆な子だったとは……」

「秋穂ちゃんのバカ! すごく良いところだったんですよ!? 勇也君と幸せなチューをする最高の瞬間をどうして邪魔したんですか!?」


 盛大なため息を突きながらやれやれと被りを振る大槻さんの下に楓さんが一瞬で詰め寄って肩を掴んで揺らしながら抗議の声を上げる。いいぞ、楓さんその調子だ!


「その様子なら思いはちゃんと伝えられたみたいだね、勇也」

「まぁ、おかげさまでな。だけど少しはタイミングを考えろよ。一番いい所で邪魔しに来るなよな?」

「ハハハ。それはごめんとしか言いようがないかな」


 まぁ三度目だから許してやらないこともないけどな。もしファースだったら絶対に許さないところだった。親友とは言っても一生根に持つ思い出だ。


「わぁお。勇也、君もやるときはやるんだね。見直したよ」

「楓ちゃん。気持ちはわかるよ。うんうん、そうだよね。一度キスをしたら幸せで何度もキスをしたくなるよね。しかもこの満天の星空の下で告白されたら尚のこと舞い上がっちゃうよね」


 伸二が驚きに目を見開き、肩を掴まれてガクガクと揺らされていた大槻さんは物知り顔で心情を解説した。そして楓さんはと言えば、大槻さんからターゲットを俺に変更して顔を真っ赤にしてぽかぽかと叩いてきた。


「もう! どうして勇也君は事もなげに言ってしまうんですか!? は、恥ずかしくないんですか!?」

「ご、ごめん。見られそうになったのはもちろん恥ずかしいけど、それ以上に楓さんとキスが出来なかったことの方が残念だったから……」

「うぅ……天然さんには勝てません……」

 

 こてっと力なく胸に顔を付ける楓さん。ヨシヨシと撫でる。


「ねぇ、シン君。ヨッシーてば自然と楓ちゃんの頭を撫でているけどこれは夢かな?」

「残念だけど秋穂。これは現実だよ。そしてこれが素直になった勇也の姿だよ。まさかここまでとはね……」


 伸二の奴、好き放題言ってくれるじゃないか。俺が楓さんの頭を撫でるのがそんなに珍しいか? いいじゃないか、撫でるくらい。しかもナデナデすると楓さんはすごく蕩けた顔になって可愛いんだぞ。


「ゆ、勇也君。さすがに恥ずかしいです……」

「んぅ……もう少しだけ撫でさせてよ、楓さん。ダメ?」

「うぅ……だ、ダメじゃ……ないです」


 やったぜ。楓さんの許可も得たことだし思う存分ナデナデできる。なんだよ伸二。その顔は。邪魔するつもりか?


「二人の世界を邪魔するつもりはないんだよ? でもそろそろ戻らないと時間がまずいかなって思うんだよね」

「シン君。こんなメオトップルは放っておいて先に帰ろうよ。これ、延々と続くよ?」

「それもそうだね。それじゃ勇也、一葉さん。僕らは先に帰るからね。くれぐれも時間に遅れないようにね!」


 そう言い残して二人はコテージへと引き返していく。


「……お、俺達も戻るか」

「そ、そうですね。戻りましょうか。この続きは明日帰ってからということで」


 しっかりと楓さんの手を握りしめて歩き出す。


 今夜はこれまでの人生の中で最高の夜となった。この幸せの余韻に浸りながら今日は寝るとしよう。


「ねぇ、勇也君。やっぱり夜這いしてもいいですか?」


 ダメに決まっているでしょう、楓さん。

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