第118話:明和台の王子様
「楓ねぇ! お昼時間ですっ!」
元気印もとい嵐のような一年生、結ちゃんが俺達の教室に押しかけてきた。あれは誰だと驚くクラスメイトの視線を一手に浴びるが気にしたそぶりは一切見せずに俺達の元へとやって来ると当然のことのように楓さんの背中に抱き着いた。それを苦笑いしながらも受け入れる楓さん。
「結ちゃん。来てくれるのは嬉しいですけどクラスのお友達と一緒に食べなくていいですか?」
「いいの! 今日は楓ねぇと再会のお祝いがしたいの! 話したいことたくさんあるし、イケメンな彼氏さんに聞きたいこともたくさん……あれ?」
結ちゃんが俺の隣に座る二階堂を見て言葉を失った。この一年でこの事態に慣れている二階堂はすっと立ち上がって固まっている結ちゃんのそばに寄って、
「初めまして、私は二階堂哀。キミと同じ、れっきとした女だよ。ねぇ、キミの名前は? なんて呼べばいいかな?」
「あっ……はい。宮本結です。呼び方は……その、お任せします」
「フフッ。そっか。なら結ちゃんかな? フフッ、可愛い名前だね」
二階堂は爽やかに微笑んでいる。あれこそ二階堂が幾多の女子生徒を虜にしてきた魔性の顔。少女漫画の王子様のごとくアゴくいでもしようもなら卒倒すること間違いなし。現に結ちゃんも顔を赤くしてあわわとしている。
「え、あっ……えぇと……その……楓ねぇ、助けて!」
パニックの末に結ちゃんが選んだのは楓さんを矢面に立たせることだった。仕方ないですねと苦笑いを浮かべながらヨシヨシと頭を撫でる楓さん。
「アハハ。びっくりさせちゃったかな。ごめんね、結ちゃん」
下手人の二階堂は謝るが、結ちゃんは楓さんの背中に隠れたまま警戒を続けている。やりすぎたかなと頭を掻きながら反省しているが全くもってその通りだ。
「初対面の後輩なのに刺激が強すぎるんだよ。少しは自重しろよな? 新入生の女子をみんな虜にするつもりか?」
「そんなつもりはないけど……ねぇ、吉住。私ってそんなにイケメンかな? 女の子に見えない?」
ショボンとして俺の肩に手を置きながら尋ねてくる二階堂。どうしてそこに自信がないのかわからないが二階堂はどこからどう見ても美少女だ。
バスケで鍛えられた身体に無駄な肉はないのに胸部装甲だけはしっかりしているという矛盾。眉目秀麗で中世的な顔立ちとハスキーな声音をしているが、むしろそれが二階堂の魅力だと俺は思う。
「そっか、そっか! 私は美少女か! 吉住がそういうなら間違いないな! いやーーー持つべきは友だな!」
「まぁ楓さんには負けるけどな! ってこら、くっつくな! 離れろ、二階堂!」
男同士がするように気さくに肩を組んでくる二階堂。引き剥がそうにも何故か力を入れて抵抗するし、バシバシと背中も叩いてくる。地味に痛いのだがそれ以上に痛いのは楓さんの視線だ。ぷくぅと頬を風船のように膨らませて無言の抗議。
「これ以上の密着はダメです、二階堂さん!」
だが風船の空気はすぐに破裂した。拘束から抜け出そうと足掻いている俺の手を強引に引っ張って救出すると勢いそのまま抱きしめられた。自分がぬいぐるみになったような気分だ。
「ごめんね、一葉さん。ついこれまでの癖で……今後は気を付けるね」
アハハとあっけらかんと笑う二階堂に対してガルルルと警戒心をむき出しにする楓さん。だけどいい加減離してほしい。楓さんの胸に顔を押し付けられているので呼吸ができない。このままでは幸せを感じながら窒息死する。助けて!
「フフッ。大丈夫だよ一葉さん。獲ったりなんてしないから。吉住の隣は一葉さんだけのものだからね。でも、そろそろ離してあげたほうが良いと思うよ?」
「い、嫌です! 離しません! 勇也君は私が絶対に幸せにするんだもん!」
あぁ、楓さんのだもんはいつ聞いても可愛いなぁ。あれれ、なんか視界が真っ白になって来たぞ。
「いや、それはいいんだけど……このまま抱きしめていると吉住は息が出来なくてヤバイと思うよ?」
「……え? あぁああああ勇也君!? 大丈夫ですか!? 息していますか!?」
ようやく俺の状態に気付いた楓さんが解放してくれた。空気は美味しいがあの感触にもっと包まれていたかった。幸せだった。
「フフッ。その蕩け顔を見るに大丈夫そうだね。それはさておき。早く移動しないと昼休み終わっちゃうけどどうする? 今からでもカフェテリアに行く?」
二階堂に指摘されて時計を見るとまだ昼休みの時間は残っているが今から行って席は空いているのだろうか。しかも今日は結ちゃんもいるから六人分。加えて去年の俺達がそうであったように新入生も多く集まるはず。そう考えると絶望的だな。
「ちょうど秋穂から連絡着て、席は六人分確保できたみたい」
「マジか。大槻さんいつの間に移動していたんだ?」
「一葉さんに勇也が抱きしめられて窒息しそうになったあたりかな? 甘くて耐えられないって言って先に出ていったよ」
伸二は苦笑しながら立ち上がった。甘かったかどうかについて議論をしたいところではあるがとりあえず今は移動をしなければ。待たせれば待たせるほど、大槻さんが泣きわめくことだろう。
「そういうこと。僕は先に行っているから勇也たちも早く来てね」
「わかってるよ。楓さん、そういうわけだから行こうか?」
伸二は早足で教室を後にした。それに続くように二階堂も出て行ったが、その直前に口元に笑みを浮かべてウィンクを飛ばしてきた。そして口パクで『ごめんね』と。楓さんをあおるためにわざとやったな。
「勇也君と二階堂さんが目と目で通じ合っています……うぅ……私だって勇也君と以心伝心出来るもん! 負けないもん!」
対抗心をメラメラ燃やしている楓さん。二階堂は口を動かしていたからわかっただけであって、以心伝心できるのは楓さんだけだと思う。なんて言っても今の楓さんには聞こえないと思うんだけど。
「あの……吉住先輩。楓ねぇはいつもこんな感じなんですか?」
姉と慕っていた人が自分の知らない誰かに思えたのか、結ちゃんがこそっと耳打ちで尋ねてきた。
「さぁ……どうかな? 今日はいつにも増してポンコツかも? むしろ結ちゃんの知っている楓さんとは違うの?」
「フッフッフッ。しょうがないですね。先輩がどうしてもっていうなら楓ねぇのことたくさん教えあげますよ! 私の秘蔵コレクションをお見せしながらたっぷりと!」
「おぉ……それは良い! 近いうちに聞かせてほしいな」
「もちろんですとも! 楓ねぇは私の楓ねぇですが、吉住先輩は楓ねぇの魅力に憑りつかれた同志でもありますからね!」
どうやらまだライバル心を抱かれているが警戒心は薄まっているようだ。そうでなければ耳打ちで顔を近づけてはくれないだろう。
「結ちゃん、勇也君との距離が近いですよ? 二人で何をコソコソ話していたんですか? 私にも聞かせてください」
若干涙目になりつつ頬を膨らませた楓さんが間に割って入ってきた。そんな彼女の頭をポンポンと撫でる。心配しなくても俺は楓さん一筋だよ。楓さん以外に靡かないから安心してくださいな。
「えへへ……私も勇也君一筋です。もっとナデナデしてください。なんならハグとかチューとでも可です!」
「そ、それはほら……家に帰ったらと言うことで。早くカフェテリアに移動しようか。待たせたら大槻さんがなんて言うかわかったもんじゃないからね」
はい、と頷いて楓さんは俺に腕をぎゅっと絡めてきた。柔らかい感触と柑橘の爽やかな香りで極楽気分を味わいながらカフェテリアへと歩を進めようとした時、至極当然の疑問を結ちゃんがぶつけてきた。
「ねぇ、楓ねぇ。もしかして吉住先輩と一緒に住んでたりするの?」
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