第119話:勇也君の魅力講座

「うぅ……うぅ……吉住先輩に……そんな過去が……ぐすん……」


 はい、こちら現場の吉住です。俺達は現在カフェテリアで昼食を食べ終えて談笑しています。そこで先ほど結ちゃんから追及された『同棲疑惑』について回答をしたところ、結ちゃんはボロボロと泣き始めてしまいました。


 ちなみに結ちゃんに事情を説明したのは俺だ。その内容は楓さんのお母さんが考えた脚本で、以前二階堂に問い詰められた時に話した内容と全く同じだ。


 楓さんは自分で話したがったが全力で阻止した。なぜかって? 俺は楓さんの家に住まわせてもらっているというのが公式発表なのに、楓さんに任せたら本当は二人だけで暮らしていることをバラしかねないからだ。


「ご両親が突然借金残して消えるだなんて……そんなドラマみたいなことってありますか!? うぅ……吉住先輩、大変でしたね……」

「あぁ、いや。今は結ちゃんが大泣きしていることの方が大変なんだけどね?」


 楓さんが貸したハンカチは大粒の涙ですでにびしょびしょだ。だが、作り話が混じっているとは言え神妙な顔をされよりも大袈裟なくらい感情を爆発させてくれた方が俺としては気が楽だ。


「吉住には申し訳ないけど、何度聞いてもひどい両親だね。借金残して蒸発するなんて。一葉さんがいなかったら今頃どうなっていたことか……」

「そうだな。高校を辞めて、今頃怖いお兄さんの舎弟にでもなっていたんじゃないか? 実際楓さんが来る直前にそういうことを言われたからな」


 あっけらかんと答えた俺に対して二階堂は信じられないと頭を抱えた。伸二と大槻さんも言葉を失い、結ちゃんは怖いのかガタカタと震えている。唯一楓さんだけは思い出し笑いをしていた。どうしたの?


「初めてあの方にお会いした時のことを思い出したらなんだか面白くて。あと意外と子煩悩な一面もあって愉快な人ですよね。勇也君が慕うだけことはあります」


 言われてみれば楓さん、タカさんとの初対面の時に強気な態度で接していたからな。しかも物言いも結構辛辣だった。女子高生相手に容赦なく凄むタカさんに対して、


『そうやって凄めば怖がると思っているところが何と言いますか……単細胞ですね。あ、失礼しました。あなたと単細胞生物を比べたら単細胞生物に失礼でした。ごめんなさい。それとそのネクタイ、ダサいですよ』


 とか微笑みながら言っていたよな。信じられないくらいの毒舌に俺はもちろんタカさんも面食らっていたなぁ。


「あ、あの時は必死だったんです! 勇也君を助けないといけないって思ったら勝手に言葉が出てきたんです!」


 あわあわと手を振って弁明する楓さんの仕草がすごく可愛くて、どんよりと重苦しかった空気に光が差した。結ちゃんの頬を伝っていた涙も止まり、落ち着きを取り戻したみたいだ。


「でもでも! 吉住先輩が楓ねぇにふさわしいかどうかは別問題です! えぇ、私はまだ認めたわけではありませんよっ!」


 楓さんから借りたハンカチを握りしめながら俺のことを指差して力強く結ちゃんは言った。元気が戻ってきたのは何よりだが人のことを指差したらダメだって今朝言われたばかりなのにもう忘れたのか?


「結ちゃん……勇也君を指差したらダメですって言いましたよね? それなのにどうしてまたするんですか?」

「ひっ―――! ご、ごめんなさい! もうしないから許して、楓ねぇ!」


 気のせいだと思うが楓さんは笑っているのにその背中に物騒な得物を構えた般若が見える。だがそれは二階堂や伸二達にも見えているようで引きつった顔になっていた。滅多に怒らない人が怒ると怖いというのは本当だったんだな。


「まったくもう……いいですか、結ちゃん。勇也君はとても素敵な人なんですよ? それを今から私が教えてあげますからよく聞いてくださいね?」


 ヤバイな。ここから先は俺にとっても褒め殺しという名の地獄になる。同様に危険を察知した二階堂達とアイコンタクトをしてこの場を離れることを選択。結ちゃんには申し訳ないが犠牲になってもらおう。


「一葉さん、私は先に戻ることにするよ。久しぶりの再会を邪魔するのも申し訳ないからね」

「うんうん! そうだよね! これ以上私達がいたら積もる話もできないもんね! シン君、私達も教室に戻ろうか!」

「そうだね。勇也と三人でゆっくり話して交友を深めるといいよ」


 こら、伸二! お前、裏切るつもりか!? 俺も一緒に行かせてくれよ!


「キミはダメだよ、吉住。結ちゃんは一葉さんの妹みたいな子なんだから、しっかり仲良くならないと」


 そう言って意地悪な悪魔のような笑みを浮かべる二階堂。その瞳にはあるのは愉悦の感情。俺が生き地獄に悶えるさまを想像して楽しんでいるに違いない! この薄情者!


「それが宿命というものだよ、吉住。それじゃ、達者でね」


 ポンと肩に手を置いてからバイバイ、と軽く手を振ってカフェテリアを後にする二階堂。ちくしょう、爽やかスマイルで去って行くのは卑怯だぞ。慌ててその後ろについていく伸二と大槻さん。伸二の奴、戻ったら覚悟しておけよ。


「フフッ。それじゃ結ちゃん。残りの時間、たっぷり勇也君の魅力を語ってあげますね。まずは私が勇也君を好きになったところからですね!」


 俺はため息をつきて喜々として話し始める楓さんを眺めることにした。死ぬほど恥ずかしいけど楓さんがどんな風に思ってくれているのか興味はあるからな。結ちゃんも覚悟を決めたのか少し前のめりになって傾聴の体制を取る。


「今でもはっきり覚えています。あれは去年のある夏の日―――」


 楓さんの語りは昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまでノンストップで続いた。だが本人曰く全体の三割にも満たないそうでひどく不満げだった。


「まだまだ話たりません! 結ちゃん、学校が終わったら家に来てください! 続きをたっぷり聞かせてあげます!」

「ごめん、楓ねぇ。また今度にして。今日はもうお腹いっぱいだから……」

「どうしてそんなこと言うんですか!? これからがいいところなんですよ!? 勇也君からの告白とかすごく素敵なんですよ! 聞きたくないですか!?」

「うぅ……もう勘弁してぇ! 吉住先輩の魅力というより楓ねぇの惚気話だよぉ! 聞いてるこっちが恥ずかしいよぉ!」


 結ちゃんは叫びながらカフェテリアから逃げ出した。その背中をキョトンとした顔で見つめながら楓さんは一言。


「ねぇ、勇也君。私、惚気ていましたか?」


 自覚がないって怖いね! 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る