第140話:優勝しました!ご褒美ください!

「勇也く――――――ん!! 勝ちました! 優勝しましたよぉ!!」


 俺、伸二、大槻さんの三人は激戦が繰り広げられたコートに降りた。試合が終わったばかりということもあり、二階堂を含めた面々はベンチに座って火照った身体を冷ましていた。だというのに楓さんは一人元気が余っているようで、俺に気付くや否やいきなり飛びついてきた。倒れないようにとっさに足を踏ん張ったがさすがに危ないよ!?


「頑張ったので勇也君に褒めてもらいたかったんですけど……ダメでしたか?」


 そんな子犬のような潤んだ瞳を向けないでもらえますかね!? その目を向けられると首を横に振るしか選択肢がなくなるじゃないか。


「あぁ……うん。お疲れさま、楓さん。すごくカッコよかったよ。特に最後のスリーポイントシュートは見惚れたよ」

「えへへ。ありがとうございます。哀ちゃんが必死に繋いでくれたので、あのシュートは絶対に外すわけにいきませんでした。ちゃんと決まって良かったです」


 二階堂の最大のピンチにして最大の見せ場。この試合のベストプレーと言っても過言ではない、ダブルチームを突破してからの楓さんへの見事なパス。あれがなければうちのクラスは負けていただろう。もちろん、外れれば終わりかもしれない極限状況の中でしっかりゴールを決めた楓さんもすごいのだが。


「勇也君が応援してくれていたから決めることが出来たんです。ちゃんと聞こえていましたし、届いていましたよ。勇也君の熱い気持ちが」


 そう言って楓さんはフフッと笑って見つめてくる。前半は必死に応援したし、後半は声援こそ送れなかったが、その代わりに『頑張れ』と念を送っていたのが、まさかそれが届いていたとは。


「それはもちろん! だって大好きな勇也君ですよ? 気付かないはずがないじゃないですか! 仮に逆の立場だったらどうですか?」


 グラウンドで膝に手をつく俺に楓さんが祈るような視線を送っていたら、そこに込められた思いに気付かないわけがない。そして、奮い立たないわけがない。


「……あぁ、うん。そうだね。きっとわかると思う」

「そういうことです。この試合に勝てたのは勇也君のおかげでもあるんです。でもそれはそれとして、頑張ったご褒美をください!」


 脈絡なく、急転直下で話が変わり、さぁと頭を差し出してくる楓さん。いまだに腰にしっかりと腕を回して密着しているこの状況で頭を撫でろと? というか今の楓さんの色香は控えめに言って大変なことになっている。


 お風呂上りとは違う、汗でしっとり濡れた肌。頬もわずかに上気している上に、半袖の体操着も汗心なしか透けている。視線を少し下げると胸元がチラリと見えるから失明レベル猛毒だ。


「どうしたんですか、勇也君? 顔が赤いですよ? なんでそっぽ向いているんですか?」

「あぁ……いや、その……今じゃないとダメなの? その、家帰ってからで……」

「ダメですぅ! 今! なう! 頑張ったね、のなでなでをしてほしいんですぅ!」


 口をぷくぅと膨らませて抗議してくる楓さん。この顔でねだられると〝うん〟か〝はい〟としか言えなくなる。卑怯だぞ!


「ストロベリーなことはその辺にしておきなよ、吉住、楓」


 呆れた様子の二階堂と、にひひと小悪魔顔でスマホを構えている大槻さんと苦笑いをしている伸二がやって来た。これ以上ないタイミングの援護射撃だ。


「ほら、楓ちゃん! もっとヨッシーにギュって抱き着いて! ヨッシーは楓ちゃんの腰に腕を回して! 優勝記念に最高の写真を撮ってあげるからさ!」


 ほれほれと酔っぱらった中年オヤジのようにことを言う大槻さん。楓さんは「わかりました!」と笑顔でさらに密着してくる。体操着を着ているとはいえ楓さんの豊潤な果実が押し当てられる。これはいけない!


「うんうん! いいね! それじゃ撮るよぉ……はい、チーズ!」


 パシャと音が鳴り、大槻さんのスマホで記念の一枚を撮られた。ちなみに楓さんは満開の桜のような満面の笑みにピースのおまけつき。俺? そんな余裕はなかったよ。


「おやおや。何ともまぁ幸せそうな一枚ですなぁ……楓ちゃん、後でスマホに送ってあげるね!」

「ありがとう、秋穂ちゃん。ちなみにどんな感じですか?」


 ようやく楓さんが離れてくれた。大槻さんが撮った写真を見ながら二人して和気あいあいと話している。やれやれと身体に溜まった熱を吐き出していると、くいっと袖を引っ張られた。


「あ、あのさ……吉住……」

「ん? どうした、二階堂?」


 頬を朱に染めて、王子様らしからぬもじもじとしながら何か言いたげな様子の二階堂。しかし餌を求める金魚のように口を開いては閉じを繰り返して言葉にならない。いや、ホントどうした?


「あ……わ、私も頭を……いや……ううん、なんでもない。その、あれだ! この後の試合、頑張ってね! 焼き肉食べ放題が懸かっているんだから負けたら承知しないよ?」

「もちろん。楓さんや二階堂が頑張って優勝したんだ。俺達が負けるわけにはいかないだろう? 大丈夫、任せておけって」


 サッカー部エースは伊達ではないことを証明してやるさ。たとえ相手がサッカー部主将の杉谷先輩でも楓さんの応援があれば負ける気はしない。


「あぅ……吉住の馬鹿……その顔はずるいよ……」


 二階堂が何か呟いたが、か細い声だったのでよく聞こえなかった。顔が赤いけど大丈夫か?


「勇也、そろそろ行こうか。アップにミーティングもしないといけないから少し急がないと!」

「そうだな。それじゃ二階堂、また後でな。楓さん、行ってくるね」


 写真に夢中だった楓さんがガバッと顔をあげて、テトテトと近づいて来た。いちいち動作が可愛いなぁ。


「勇也君、頑張って来てくださいね! 全力で応援しますね! カッコいいところ、たくさん見せてくださいね?」

「ありがとう、楓さん。カッコいいところを見せられるように頑張ってくるね」


 ポンポンと楓さんの頭を撫でてから、俺は伸二と一緒に体育館を後にした。

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