第139話:この一瞬に命を燃やして

 後半戦は打って変わって序盤から乱打戦となっていた。一つ一つのプレーに檄が飛び交い、新入生との親睦を深めることが目的の球技大会とは思えないほど激しい試合展開に観衆は皆静まり返っていた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 膝をつくことはもちろん、一瞬たりとも立ち止まることなく動き回る選手たちの荒い息遣いが二階で観戦している俺達のもとにまで聞こえてくる。


「哀ちゃん……楓ちゃん……頑張って……!」

「残り時間から考えて……ここはしっかり決めておかないと厳しくなるね」


 大槻さんは祈るように手を合わせてコートを見つめ、隣にいる伸二は顎に手を当てて冷静に戦況を分析している。


 残り時間はあと3分。得点は42対40でうちのクラスが負けている。伸二の言う通り、この攻撃で最低でも確実に2点を取らなければ敗色が濃厚となる。


 逆に結ちゃん達からすればこの攻撃を凌いでボールを奪えば、時間をかけて攻撃が出来るし、点差を広げることが出来れば勝利の背中が目視できる。故に、ここは両チームとも力を振り絞る場所だ。


「さすが全国経験者だね。二階堂さんへかける結ちゃんのプレッシャー、今まで一番きつくなってる」

「ここを守り切れば俄然有利になるからな。ここが正念場だぞ、二階堂、楓さん」


 浅い呼吸を繰り返して息を整えつつ、ボールを運ぶ二階堂。その前に立ちはだかる結ちゃんは逃がさないと言わんばかりに両手を広げて迎撃の構え。自分で攻め込むにはゴールまで距離があり、得点源の楓さんを含めてマークがピッタリ張り付いているのでパス出しどころもない。


 そこにさらに結ちゃん達は勝負手を打つ。


「ここでダブルチーム!? やばいよ! 大変だよ! 哀ちゃんが囲まれちゃったよ!!」


 大槻さんが悲痛な叫び声を上げる。今の今までしてこなかった二階堂へのダブルチーム。絶対にボールを奪うという執念さえ感じる攻めの守り。


 傍から見れば絶体絶命。縦横無尽にコートを駆け回り、獅子奮迅の活躍をしてきたバスケ部エースと言えど、体力が切れる試合終盤に壁が増えたら突破はできない。現に前に進んではいるがコートの端へ端へと追いやれている。無理だ。誰もがそう思ったことだろう。だけど―――


「―――負けるな、二階堂!!」


 不敵な笑みが口元に浮かび、二階堂のエンジンが一瞬で最大値まで振り切れる。ボールを自在に操りながら前後左右に細かく、緩急を付けながら舞うようにステップを刻む。そして、その動きに翻弄されて結ちゃん達に隙が生じて―――


「突破した! そのままいけ、二階堂!!」


 素早くくるりと回転ロールターンして二人の壁を強引にぶち壊した勢いそのままに二階堂がゴールへと突き進む。そうはさせまいと他の選手たちが慌てて進路を塞ぎにかかる。この局面を作った時点で、勝利は決まった。


「―――後は頼んだよ、楓」


 大外へ正確なパス。その先に待つのはバスケ部エースに引けを取らない我がクラスの切り札。


「はい、任されました」


 楓さんがシュートを放つ。そのラインはこの局面を一撃でひっくり返すスリーポイントゾーン。静寂の中、両手を離れたボールは惚れ惚れする美しい放物線を描き、吸い込まれるようにネットを潜り抜けた。トン、トン、トン……とボールが地面に転がる。


 42対43。試合がひっくり返った。


「「「うおおおおおおっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!!!」」


 今日一番の地鳴りのような歓声が体育館に響き渡る。俺も例にもれず雄叫びを上げ、大槻さんは喜びのあまり伸二に抱き着いて喜んでいる。


「切り替えて! 守るよ!」


 観衆の興奮とは裏腹に、コートに立つ二階堂や楓さん達に気のゆるみはなく、結ちゃん達の戦意もまだ消えていない。


「頑張れ、二階堂! 楓さん!」


 俺は最後の声援を二人に送る。大槻さんも伸二も続き、堰を切ったように観客から応援が飛び交う。


 そして、スコアはそのまま試合終了を告げるホイッスルが鳴った。


 過去最高に白熱した決勝戦は42対43で二年二組の優勝で幕を閉じた。


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