第141話:今度は俺達の番だ

 球技大会男子サッカー決勝が始まる直前。俺はベンチに座り、目を閉じて心を落ち着かせていた。試合前のルーティンみたいなものだ。心を燃やしながらも頭は冷静に。相反する動と静の感情を制御してこそ最高のパフォーマンスを発揮できる。


「勇也、そろそろ行くよ」

「……わかった」


 ゆっくりと立ち上がる。視界は良好。体調は万全。勇気は楓さんと二階堂から貰った。頼れる相棒伸二もいる。茂木や他のメンバーのやる気も十分。ならこの試合、負ける要素はない。


「予想通りのカードになったな、吉住、日暮。だが、優勝は俺達がもらう! そして明和台高校リア充ランキングのナンバーワンとツーに引導を渡してやる!」


 試合開始前の挨拶を済ませて自陣への戻り際、杉谷先輩が宣戦布告をしてきた。なぜか身体を反らした絶妙な体勢で。


 これが世に言うジ〇ジョ立ちというやつか。身体を痛めそうだな。あとリア充ランキングってなんですかね? そんなものがあったなんて初耳ですよ、キャプテン。


「初耳なのは当然さ! なにせ今俺が作ったんだからな! 一葉さんに大槻さん、そこにバスケ部の二階堂さんまで交えた我が校きってのハーレムパーティ! 俺は……いや、俺達は! この学校に通うすべて男子の思いを背負っている! お前たちをぶっ倒して日々の恨みを晴らしてやるぜ!」


 うん、ダメだなこの人。キャプテンで大丈夫か心配になってきた。だが杉谷先輩の発言通り、11人全員が俺と伸二に対して殺意にも似た視線を向けている。ついでに茂木達でさえも同じような目つきをしている。味方にしていい目つきじゃないぞ!


「必ずやお前たちは倒し、非モテの下剋上を果たしてやる! 覚悟しやがれ!」


 そう捨て残して杉谷先輩は仲間たちの円陣の中に加わる。言っていることはふざけているが、その身体からは何としてでも勝利するという執念にも似た雰囲気が漂っていた。俺も負けてはいられない。


「これが最後の試合だ。勝てば天国、負ければ地獄。俺達が目指すのは?」


 円陣を組み、俺は静かに問いかける。本当はこういうのは苦手なのだが、伸二が視線でやれと訴えてきたから仕方ない。


「「優勝だぁっ!!」」


 仲間たちは燃える思いをぶちまける。最初から優勝するために全力で戦ってきた。それ以外はありえないとばかりに怒りを込めて答えた。そんな彼らにもう一度問いかける。今度は声を張り上げて。


「俺達が狙うのはなんだぁっ!? 目指す場所はどこだぁっ!?」

「「優勝!! 頂き! ナンバーワン!!」」

「俺達がナンバーワンだ!! 命燃やしていくぞぉぉおおおお!!」

「「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」


 臨戦態勢は整った。ポジションについて試合開始の合図を待つ。先行は俺達二年二組。センターサークルに伸二と並んで立つ。


「……かますぞ、伸二」

「……オッケー、勇也」


 軽く拳を合わせる。まずは先制点。油断しているところに一撃を決める。それで浮き足立てば僥倖だが上手く行くかどうか。


「勇也、さっきの号令、凄くカッコ良かったよ。おかげで燃えたよ」

「恥ずかしかったんだから思い出させるなよ。もう二度とご免だね」

「さて、それはどうかな? 一葉さんも僕らと同じ気持ちなんじゃないかな? ほら、見てみなよ」


 促されてグラウンドの外に目を向けると楓さんがぽやぁとした顔でこちらを見つめていた。隣に立つ二階堂や結ちゃんもどこか呆け顔だ。大槻さんは満面の笑みで伸二に手を振っている。


「一葉さんも勇也の意外な一面に見惚れたんじゃない? また愛されちゃうね、勇也」


 うるせぇよ、と返そうとしたところで審判が時計を見た。軽口はここまで。ふぅっと息を吐いて集中する。


 ピィィィィィイイ――――――


 ホイッスルが鳴る。伸二とパス交換をしてからボールを一度後方へ戻してから打ち合わせ通り前線へ走り出そうとした時、


「勇也く――――――ん!! 頑張ってぇ―――!」


 一番欲しい人の一番うれしい声援が届いた。思わず口元が緩む。観ていてね、楓さん。この試合、絶対に勝って見せるから。


 球技大会男子サッカー決勝戦が始まった。

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