第142話:先制の一撃
杉谷先輩のポジションはディフェンス。その要であるセンターバックを担っている。言動はふざけがちだが選手としては優秀で、一年生の頃からレギュラーを張っている陰の実力者だ。
「日暮に自由にやらせるなっ! このチームの要は日暮だ! 前を向かせて自由にやらせるなよ! 吉住はこっちで抑える!」
後方から的確な支持を飛ばす杉谷先輩。ボールを受けた伸二が二人の選手に囲まれる。そうなるとさすがの伸二も前ではなく後ろにパスを出さざるを得ない。これでは攻めるに攻められない。
杉谷先輩がとっている戦術は先ほどのバスケで結ちゃんがとった作戦と同じ。試合を作る選手の自由を奪うことで攻撃の起点を潰すというもの。単純だがサッカー部員が俺と伸二しかいないうちのチームでは特に有効な戦術だ。
「諦めろ。この試合でお前にまともなプレーはやらせねぇよ、吉住」
「……さすが杉谷先輩。腐ってもキャプテンですね」
「腐ってもってなんだよ! れっきとしたキャプテンで頼れる先輩だろうが!」
ギャーギャーわめく杉谷先輩を無視して俺は敵陣から引き上げる。予想はしていたが予想以上に伸二が狙われている。俺の所にボールが来ることはないだろう。なら下がってもらいに行くしかないのだが―――
『下がって来るな』
伸二の表情から無言の圧を感じた。その目つきはいつものような人懐っこい犬ではなく、虎視眈々と獲物を狙う猟犬のよう。
「……わかったよ」
あいつがあんな顔をするということは本気になっている証拠だ。公式戦では見慣れているがこの球技大会では初めてだ。なら、きっと俺の所に最高のパスを通してくれること間違いない。それを確実に決めて先制点を奪うのが俺の仕事だ。
その時はすぐにやって来た。
茂木から伸二へパスが出された。それと同時に自由にはさせまいと二人の選手が囲みに来る。それを横目で確認しつつ、ボールを足元に収めた伸二は巧みなステップを刻みながら身体をくるりと回転して囲いを突破する。
―――ここだ!
伸二がグラウンドを切り裂くようなパスを出したのとほぼ同じタイミングで俺は走り出した。一瞬でギアを最大まで入れてトップスピードへ。俺のマークについている選手を置き去りにしてボールに追いつき、足元へ納める。だが目の前にはすでに杉谷先輩が迫っていた。
「よ―――し―――ず―――み―――!!」
やらせるかぁ! と叫びながら突貫してくる杉谷先輩。ゴールまでの距離はまだ少しあるがこれくらいの距離と角度なら一人で練習している時に何度も行っている。
「―――フッ!」
フェイントを入れて杉谷先輩をかわし、躊躇いなく右足を振りぬいた。弾丸のようなシュートは思い描いたイメージと寸分違わずゴールに突き刺さった。
拳をぎゅっと握りしめていると伸二が満面の笑みで飛びついてきた。
「さすが勇也、僕の相棒!! ナイスゴールだったよ!!」
「伸二のパスも最高だったぞ。でもまだ一点だ。油断せずに行くぞ」
自陣に戻ると茂木達から頭を叩かれたりと手荒な歓迎を受けた。まだ試合は始まったばかりなのに浮かれすぎだぞお前達!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 勇也君カッコイィイイィィィイ!!!」
グラウンドの外で応援している楓さんが興奮した様子で手を振りながら叫んでいた。あまりのハイテンションぶりに隣に立っている大槻さんや二階堂、結ちゃんは若干呆れていた。嬉しいような、恥ずかしいような。でも無視するわけにはいかないので、軽く拳を掲げることにした。
楓さんはフラッとなって倒れそうになり、結ちゃんが慌てて支えた。あれではどっちがお姉さんかわからないな。
「吉住ぃ……日暮ぇ……絶対に倒す!」
杉谷先輩の瞳に炎が宿る。心なしか個人的な恨みが混じっているように思えるが、それでも彼らのやる気が一段階上昇したのは間違いない。ここから先はさらに熾烈な争いになることだろう。だが、
「上等ですよ、先輩。いつもの八つ当たりの恨み、ここで晴らす!」
紅白戦の時に受けた殺意のこもったスライディングとか、意地の悪いロングパスで無駄に走らされたこと等、忘れてないですからね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます