第71話:デレデレな楓さん

 ホワイトデーから数日が経ち、テストの返却日の朝を迎えた。手ごたえはあったからいつもよりは良い点数を取れているという自信とそれは俺の勘違いでダメかもしれないという不安が交互に押し寄せてくる。


「もう、今更気にしても仕方ないですよ。それに結果がどうであれ、勇也君が頑張っていたのを私はちゃんと見てきましたからね。今回がダメでも次はきっと大丈夫ですよ」


 一度ダメだったからと言って勉強したことが無駄になるわけではないと楓さんは言う。何がいけなかったのかを考えて次に活かせばいい。基礎を積み重ねつつ自分に合った勉強をまずは見つけること。それが大切だと楓さんは話した。


「フフッ。今夜は私が腕によりをかけてご飯を作りますから元気を出してください。奮発してローストビーフとか作っちゃいますか?」


 案外簡単に作れるんだよな、ローストビーフって。でも楓さんのことだから本格的に作るんだろうな。絶対に美味しくなること間違いなしだ。それなら俺は野菜たっぷりのポトフでも作るか。


「なら夕飯は共同作業ですね! 楽しみです!」

「そう考えたらなんか一日頑張れそう。ありがとう、楓さん」

「はい! 一日頑張りましょう! それじゃそろそろ行きましょう。でもその前に―――」


 俺の名を囁きながら楓さんが首に手を回してきた。ただいまのキスがあれば当然のことながら行ってきますのキスもある。つまり楓さんが求めているのはそういうことだ。綺麗な桜色の唇にそっとキスをした。


「あぁ……なんですぐに離れちゃうんですかぁ……もっとちゅーしていたかったのに……」

「これ以上はまずいからだよ! 学校に行きたくなくなるから……」


 口を膨らませる楓さんから視線を逸らして俺はさらに密着率を高めてくる楓さんの身体をそっと離した。このまま家にこもってハグしてキスするのも幸せだが、そろそろ出発しないと遅刻してします。そうなれば間違いなく伸二にからかわれる。


「ほら、いつまでも拗ねてないで行くよ、楓さん。帰って来たらお帰りのキスをしてあげるから機嫌直して」

「はい! 機嫌直りました! 早く行きますよ勇也君! お帰りのちゅーたくさんしましょう!」


 ぱぁあと花が咲いたように笑顔になった楓さんに手を引かれ、俺達は家を出た。その手に光るピンクゴールドの猫時計を見て心が温かくなった。


 それにしても楓さんに似合いすぎている。制服にも栄えているので選んで正解だった。教えてくれた店員さん、どうもありがとう!



 *****



 期末の試験の結果は午前中で全て返却される強硬スケジュール。一喜一憂する声が教室に響き渡る中、俺は冷静に答案用紙を受け取りながら心の中では盛大にガッツポーズを連発していた。


「その顔を見るに。どうやら勉強の成果がちゃんと出たみたいだね、勇也」

「あぁ。それはもう過去最高の結果だよ。まさかここまで良いとは思わなかったけどな。逆に震える」


 俺の点数は軒並み70点後半から80点台をマークしている。中でも一番力を入れた英語は95点と自分でも驚きの高得点。あと少しで満点だったのが悔やまれるところだ。ちなみに間違えたのは初歩的な英単語。これはあれだ、楓さんに濃厚なキスをされたのが原因だな。きっとそれがなければ満点だった。


「でもホントすごいよ勇也。これならトップ10どころか5番以内に入れるんじゃない?」

「それはどうだろうな。楓さんは全部満点だろうし、5番以内に入るためにはそれこそ平均80点台後半はないとキツイと思うぞ。みんな優秀だからな」


 ざっと計算した感じでは今回の俺のテストの平均は80点ちょっと。10番以内には入れると思うがベスト5、トップ3の壁はまだまだ高い。それは二年生以降に持ち越しだ。


「まさか勇也が真面目に勉強するなんてね。やっぱり一葉さんの影響?」

「もちろん。楓さんの彼氏として頑張らないといけないだろう? 学年トップの楓さんの彼氏が大した成績じゃなかったら釣り合わないだろう?」

「一葉さんはそう言うことは気にしないと思うけど……それで頑張って結果を出すんだから勇也の惚れ具合も極まっているね」


 伸二は感慨深そうにうんうんと一人で頷いた。まぁこいつの言っていることは概ね正しい。そもそも楓さんに助けてもらっていなければ俺はこうして学校に通うことはできていなかった。楓さんに相応しい彼氏であると同時にこの恩に報いるために頑張るのはむしろ俺に課せられた義務のようなものだ。


「来年、同じクラスになれるといいね。僕は君達二人とは同じクラスになりたくないけどね」

「寂しいこと言うなよ、伸二。大槻さんも交えて四人一緒の方が楽しいにだろう? 前に話していたダブルデートはどうなるんだよ?」

「ハッハッハッ! 冗談はよしてくれよ勇也。僕と秋穂を砂糖漬けにするつもりかい? 君達二人のデートの邪魔はできないさ」

「おいおい。ダブルデートがしたいねってお前が言い出したことじゃないか。それに砂糖漬けだぁ? お前と大槻さんのバカップルぶりも似たようなもんだろうが」

「うるさいメオトップル!! 僕と秋穂のイチャイチャなんか君たち二人のイチャイチャと比べたら微糖のコーヒーとキャラメルフラペチーノくらいの差があるんだよ! そういうわけだからダブルデートはしないからね!」


 なんだよ、その例えは。微糖のコーヒーとキャラメルフラペチーノくらい違うって、それはいくらなんでも違いすぎやしないか?


「たたた、大変だよシン君!! というか助けてシン君!!」


 俺が伸二に改めて抗議をしようと声を掛けようとしたら、廊下からドタバタと喚きながら助けを求める大槻さんの声が聞こえてきた。なんだよ、騒々しいな。もうすぐ終礼が始まるんだからそれまで待てないのかよ。


「秋穂? HR終わったの? こっちはまだだからもう少し待っててくれる?」

「待てないよぉ! だって楓ちゃんてばずっーーーーとニコニコうっとりしながら腕時計を見つめたり触ったりしているんだよ!?」


 そっか。楓さん、俺がプレゼントした時計をそんなに大事にしてくれているのか。俺の見ていないところでそう言うことをしているのを聞くのは嬉しいな。


「……誰に貰ったかなんて聞くまでもないんだけどさ。一応聞いてみたんだよ。そしたら案の定『勇也君がホワイトデーのプレゼントをくれたんです。エヘヘ。子猫みたいに可愛いからと猫ちゃん型の時計を選んでくれたんです。どうです? すごく可愛くないですか?』って言うんだよぉ!! そりゃ楓ちゃんの蕩けた笑顔は可愛いけども! 盛大に惚気られて私は砂糖漬けになりそうだよ!」


 それは尋ねるまでもないことをあえて尋ねた大槻さんが悪いのでは? おい、伸二。そこでどうして俺を睨むんだよ。俺に非難の視線を向けるのはお門違いじゃないか?


「ホワイトデーに腕時計をプレゼントねぇ……なるほど。試験終わりに僕らとカラオケに行かなかったのはそういうことか。あの勇也がプレゼントをねぇ……ホント、一葉さんが大好きだね、勇也は」

「……なんだよ。楓さんのことだ大好きで文句あるかよ?」

「はぁ……しれっと言うんだから困るよね。でも一葉さん的には嬉しいかな?」


 どうしてそこで楓さんの名前が出てくるんだよ、と思って振り返ってみると息を切らした楓さんが顔を真っ赤にして立っていた。


「秋穂ちゃん! いきなりいなくなったと思ったら何をベラベラと喋っているんですか!? 私が時計を見ながらデレデレしていたのは秘密のはずです!」


 なんだ、ニコニコうっとりじゃなくてデレデレしていたのか。まぁどっちにしても嬉しいんだけどね。


「そそそれと勇也君! 私も勇也君のことが大好きです! でも恥ずかしいので人前でおいそれと言わないでくださいね!?」


 いや、それは盛大にブーメランとなって自分に返って来ますよ、楓さん。そう思ったのは俺以外のクラスメイト全員がそう思ったはずだ。けれど彼女は気付かず、尚も帰りたくないと駄々をこねる大槻さんの首根っこを掴んで引き吊りながら退散していった。嵐かよ。


「くたばれ、メオトップル」

「それは言い過ぎじゃないか、バカップル」


 俺達二人がため息をついたと同時に担任がやってきて終礼が始まった。


 帰宅の運びとなり、楓さんと合流した時、彼女は顔を先ほど以上に真っ赤にしていた。どうやら自身の発言が公開告白だと気付いたようだ。


「穴があったら入りたいです。ゆうやくん……今日はたくさん甘えていいですか?」

「今日も、だと思うけど、もちろんいいよ。さぁ、帰ろうか」


 俯き加減の楓さんの手を取って、俺達は家に帰った。


 ちなみに試験の学年順位は9位でした。

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