第175話:脱ぎかけの制服で迫るのは反則

 放課後に行われた競技決めは問題なく終了した。事前に打ち合わせしていた通り、体育祭の目玉の一つであるクラスリレーには俺・楓さん・二階堂・伸二が出場することとなった。


「これでクラスリレーは勝ったも同然だな! ハッハッハッ!」


 藤本先生は大笑いしていた。クラスメイト達も同様で、その視線からは無駄に厚い信頼を感じた。クラス順位で一位になったら焼き肉パーティーが待っているが、リレーだけ勝っても意味ないんだよな。


「大丈夫ですよ、勇也君。玉入れは秋穂ちゃんがみんなにコツを教えながら練習すると言っていたので一位になれますよ! クラス対抗大縄跳びは練習あるのみですし、綱引きは茂木君たちが頑張るって言っていましたから」


 帰宅して、部屋着に着替えながら楓さんは明るい声で言った。いくら優勝を目指すと言っても出場する生徒が偏るのはよくないのでそこは藤本先生が采配を振るって均等に割り振った。いまいちやる気が上がらない茂木ら男子陣に楓さんが───


「頑張ってください、茂木君! 私も応援しますから!」


 と言ったら一瞬でエンジン全開、フルスロットルになった。男って単純な生き物だよな。え? お前もそうだろうって? 彼女の声援をうけて燃えない奴がいるのか? そんなことより!


「あのですね、楓さん。一つだけよろしいですか?」

「はい! なんですか、勇也君?」

「どうして俺がまだ部屋にいるにも関わらず、平然とお着替えを始めていらっしゃるんでしょうか?」


 ほへ? と首をかしげる楓さんはブラウスのボタンは全部外し終え、スカートのファスナーに手をかけているところだった。あぁ、振り向かなくていいから! 青地に白のレースがあしらわれている今日の下着はまるで青空に浮かぶ雲みたいだなぁ……じゃなくて!


「どうしたんですか、勇也君? お顔が真っ赤ですよ? あ、もしかして私の生着替えを見て照れているんですか!?」

「だぁぁ! そんな格好で近づかないで! というかどうしてどっちも中途半端に脱ぐのかな!?」


 せめて上だけでも着てほしい。楓さんのたわわな果実は眼福であると同時に猛毒でもある。マシュマロのように柔らかいそれに触れたい衝動が心の底から湧き上がってくる。


「フフッ。どうして中途半端なのかお答えしますね。それは───」


 すぅとすり足で楓さんは俺との距離を縮めると自然な動作で腰に腕を回して密着すると、耳元で甘く囁いた。


「勇也君に脱がしてもらうためです、と言ったらどうしますか?」

「ちょ、楓さん!? それはどういう意味ですかねっ!?」

「もう、とぼけちゃって。そのままの意味に決まっているじゃないですか。ねぇ、勇也君。私のブラウス……脱がして?」


 突然楓さんが天使から小悪魔へジョブチェンジして、蠱惑的な声音で俺を誘惑してきた。脱がしてというがもうほとんど脱いでいるようなものじゃないか。雪のように真っ白で綺麗な肌がほんのり上気しているのが欲情をさらに掻き立てる。


「さぁ、どうしたんですか? 早く脱がしてください。なんならそのままベッドに押し倒してくれてもいいんですよ? キャッ。勇也君に食べられちゃいますぅ」


 一人テンションの上がった楓さんはさらにぎゅっと俺のことを抱きしめた。いけない。むにゅっと押し付けられた禁断の果実の感触に頭が沸騰しそうになる。えへへと笑い、上目遣いでこちらを見てくる楓さんがすごく可愛くて理性も限界だ。


「……わかったよ、楓さん。そこまで言うなら俺も狼になるよ」

「へ? 勇也君? 何を言って───はぅ!?」


 楓さんを抱っこしてベッドまで運び、ぽすっと押し倒して壁ドンならぬベッドドンをする。何が起きたのかわからず瞼をぱちくりとさせる楓さん。うん、そういうキョトンとした顔もすごく可愛い。そして状況を理解したのか、みるみるうちに顔が赤くなっていく。


「ゆゆゆ、勇也君!? え、ちょっとこれはどういうことですか!? ももももしかして、私食べられちゃうんですか!?」

「楓さんがいけないんだよ? 俺のことをからかって、挑発して、誘惑してくるから。いくら俺でも我慢の限界だよ。だから……いいよね?」


 ゆっくりと顔を近づけていくと、ストップです! と言って楓さんは俺の顔に手を伸ばして接近を拒んだ。どうしてですか?


「あ、あのですね。えぇっと……その……あれです! 勇也君、お腹空いていますよね!? 今日の夕飯は何がいいですか!?」

「楓さんを食べるから大丈夫」

「あぅ!? え、えぇと……今日は暖かくて汗をいっぱいかいたのでお風呂に入ってからじゃダメですか!? そうです、一緒にお風呂に入りましょう!」

「大丈夫だよ。楓さん、すごくいい匂いだから」


 鎖骨のあたりに顔を寄せてすんすんと匂いを嗅ぐ。ほのかな汗の香りと柑橘の爽やかな香りがして心安らぐ。好きな人の匂いってどうしてこんなにも落ち着くのだろうか。


「勇也君のバカ! エッチ! で、でも突然の狼さんモードはありよりのありです……」


 風船がしぼんでいくように楓さんの声が段々と小さくなる。顔はゆでだこ同然に真っ赤になり、今にも火を噴きそうだ。これは少しやりすぎたか?


「うぅ……俺様系の勇也君は反則です。ドキドキが止まりません。責任とってこの胸の高鳴りを鎮めてください」


 か弱い声で言いながら両手を広げる楓さん。何をしてほしいか。何をすればいいのか。それはあえて口にしなくても十分伝わってきた。


「うん、わかった。責任……とるね」


 ゆっくりと身体を近づけて、ころんと転がりながら優しく抱きしめる。俺の胸の中にすぽっと収めて、透き通る夜空のような髪をいていく。


「んぅ……勇也君に撫でられると落ち着きます。それと勇也君の身体、温かくて気持ち良いです。もっと、ぎゅってしてください」

「イエス・ユア・ハイネス」


 甘えん坊なお姫様が満足するまで、俺は抱きしめ続けたのだった。

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