第79話:タカさんから依頼

『もしもし 勇也。俺だ、俺。今大丈夫か?』

「オレオレな詐欺ですね。警察に電話します」


 夜。風呂から上がって髪を拭いていたらタカさんから電話がかかってきた。ちなみに俺と入れ違いで楓さんが現在入浴中。毎日混浴はしていないぞ!?


『おいコラ! それはシャレにならないからやめろ! つか登録してんだから俺だってことはすぐわかるだろうが!』

「やだなぁ、タカさん。冗談だよ。いつもの挨拶じゃないか。それで、こんな時間に何の用?」


 時刻は現在22時過ぎ。親しい人であっても電話をするには少々遅い時刻だ。メッセージで済ますのではなく直接話をしなければいけないほどの内容なのだろうか。


『あぁ……急で悪いんだけどな。明日からの三日間、梨香を預かってくれねぇか? あれだ、年に一度の大事な日なんだ。わかるだろう?』

「そう言えば、明日はタカさんと春美さんの結婚記念日か。この日だけは二人きりで旅行に行くんだよね」


 タカさんと春美さんは一人娘の梨香ちゃんを溺愛している。特にタカさんは目に入れてもいたくないと豪語するくらいの親バカぶり。そんな二人だが唯一の例外として結婚記念日だけは夫婦水入らずの時間を過ごしている。これは今に始まったことではなく、結婚してからずっとだ。


「あれ。でもいつも梨香ちゃんは春美さんの実家に預けるんじゃなかった?」

『それがよぉ! この前勇也と一緒にいる時間が短かったせいで梨香は『勇也お兄ちゃんの家に泊まりたい!』って言って聞かなくてよ。俺としてはぁ? 大事な梨香を男の家に預けたくはないんだが梨香は泣き出すし春美は『勇也君なら安心よ』って言うからぁ? こうして仕方なくお願いの電話をしているんだよ』


 愛する一人娘の可愛いお願いをパパとして叶えてあげたいが、このわがままを叶えていいのかタカさんなりに葛藤しているようだ。大事な梨香ちゃんを俺に獲られるとでも思っているのだろうか。俺は楓さん一筋だぞ。なんてことを言えばまたややこしいことになるから言わないが。


 それにしても口調がお願いにしては嫌々な感じがひしひしと伝わってくるのだが。


『というかすでに梨香の中ではお前の家に泊まりに行くのが確定になっているんだわ。事後連絡になって悪いがなんとか引き受けてくれねぇか?』

「ん……俺としては別にいいんだけど、楓さんが何て言うかだな。俺の独断では決められないよ」


 俺がよくても楓さんが嫌ならタカさんにも梨香ちゃんにも申し訳ないがこの話を引き受けることはできない。何故ならここは俺達・・の家だからだ。


『そうか……今は一葉の娘と一緒に暮らしているんだったな。なぁ、その嬢ちゃんを説得してくれねぇか? 明日の朝一で大泣きする梨香を見たくねぇんだよ。頼むぜ、勇也』

「まったく……そう言う大事なことはもっと早く言ってくれよな、タカさん。ちょっと待ってて。今聴いて来るから」


 俺は一度通話を保留にして風呂場へ向かう。脱衣所に入り、浴室の扉を開けることなく中にいる楓さんに声をかける。


「楓さん! 少しいいかな!」

「なぁんですか? あっ! 勇也君、もしかして覗きに来たんですか? そう言うことなら大歓迎ですよ! 一緒に裸のお付き合いをしましょう!」


 バシャン、と水が跳ねる音がして一糸まとわぬ姿の楓さん―――曇りガラスではっきりとは見えない―――が湯船から出て来て扉を開けようとするので俺はそれを外側から全力で阻止する。


「あれ? 扉が開きません。これじゃあ勇也君をお迎えできないです!」

「違うから! 別に覗きに来たわけでも裸の付き合いをしに来たわけでもないから! ただ楓さんに聞きたいことがあっただけだから!」

「―――? 私に聞きたいこと? なんですか?」

「今タカさんから電話がかかって来てさ。年に一度の夫婦水入らずの結婚記念日の旅行に行くんで娘を預かって欲しいんだって。いつもなら母方の実家に預けているんだけど娘の梨香ちゃんが俺の家に泊まりたいって言い出したみたいでさ。それで急な話だけど明日からの三日間だけ家で預かって欲しいんだって……どうかな?」


 俺はありのままを話すとガチャガチャと扉をこじ開けようとする楓さんの動きがピタッと止まり大人しくなった。


「ねぇ、勇也君。その大道さんの娘の梨香ちゃん、でしたか? その子は今おいくつですか?」


 突然真面目な声で楓さんが尋ねてきた。小学一年生だよ、と伝えると楓さんは「そうですか」と一言返すと何やらぶつぶつと呟き出した。


「小学一年生ということは6歳ですか。勇也君との間に子供が出来た時のための予行演習が出来そうです。しかし問題は勇也君の家に泊まりたいという発言の真意ですね。6歳と言えども女の子。恐らく将来の夢は勇也君のお嫁さんでしょう。むむむ。これは負けられませんね。勇也君のお嫁さんは私です」


 なんか色々おかしなことを呟かれていますが大丈夫ですかね、楓さん。将来のための予行演習ってなんだよ。まぁいずれはそういう未来が来たらいいなぁって思うけどまだ早すぎないか? あと梨香ちゃんの真意って深読みしすぎじゃないか? というか梨香ちゃんと戦う気なの?


「……わかりました。諸々熟慮した結果、お引き受けします」


 沈黙の末、楓さんは梨香ちゃんを預かることに賛成してくれた。だんまりが意味するところが気にならないわけではないがひとまずは良かったと思うことに使用。


「ありがとう、楓さん! タカさんに伝えてくるね! お風呂中にごめんね。ゆっくり浸かりなおしてね!」


 俺は風呂場を後にしてタカさんに了承を貰えたことを伝えると盛大に安堵のため息をついた。まぁもし楓さんがダメって言われたら俺も断らざるを得ないし、そうすれば梨香ちゃんが翌朝泣き出すのは目に見えているからな。


『助かるぜ、勇也。これで梨香の涙を見ずに済むし安心して旅行を楽しむことが出来るぜ! この恩は必ず返すからな!』

「大袈裟だよ、タカさん。気にしないで」


 その後、雑談をまじえながら送り迎えの段取りの話をしてタカさんとの通話は終了した。何だかんだ長電話になってしまったので終わった頃には楓さんも風呂から上がって寝る準備が整っていた。


「……勇也君。ハグしてください」


 あれ、なんか拗ねていらっしゃる?

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