第78話:お仕置きタイム

 精神的に疲弊してぐったりしている俺とは対照的に楓さんはニコニコ顔で家に帰ってきた。どうして俺がこんなに疲れているかといえばその原因は一つだ。


「勇也君、いい加減元気になってくださいよ。そんな気にすることないじゃないですか」

「なら今すぐカラオケで撮影した俺の動画を消してくれる?」

「それはできません」


 即答かよ! 俺はため息をついてテーブルに突っ伏した。まさか本当に俺が歌っているところを動画に収めるとは思わなかった。いつどこで流出するかわからないから消してくれよ!


「まさか勇也君がⅩなジャパンの名曲を歌うとは思いませんでした。しかも原曲キーで完璧に歌いこなすなんて……控えめに言って最高でした!」


 やめてくれ! 人間誰しもテンションがハイになるときがあるだろう!? カラオケは最初こそ辛いが歌っていくうちに気分が昂っていき、最高潮になると俺はいつも紅に染まってしまうんだ! しかも普段は絶対に出ない超高音ボイスが出るんだ。


「伸二君が言っていました。勇也君のくれ〇いは最高だって。まさかそれを生で聴けるなんて思ってもみませんでしたし、動画に収めることが出来たので秋穂ちゃんに送って良いですか?」

「ダメ。それだけは絶対にダメ。もし大槻さんに送ったらおやすみのキスはなしだからね」

「うぅ……ただいまのちゅーもしてくれなかったのにおやすみのちゅーもなしですか!? それはあまりにも酷いのでは!? 私は裁判のやり直しを求めます!」


 バンバンとテーブルを叩いて再審を要求する楓さん。キスをしたいのは山々だが、あれを動画として残っていることを考えれば、申し訳ないが受け入れるわけにはいかない。いつも何だかんだ楓さんの勢いに飲まれてしまうが負けるわけにはいかないのだ!


「そうですか。私の要求を無視するんですね。わかりました。勇也君がそういう態度をとるなら私にも考えがあります!」


 再びバンッ、と大きな音を立てて勢いよく立ち上がる楓さん。


「……何をするつもり?」

「問答無用で秋穂ちゃんと日暮君に勇也君のハイテンション熱唱動画を送信します!」


 俺はガバっと顔を上げる。視線の先にはしてやったりの顔を浮かべる楓さんの姿があった。手にしているスマホはいつでも二人に動画を送れるような状態になっているはず。それだけは阻止しなければ。だが、このままいつものようにやられるのはなんだか腹立つな。一矢報いたい。


「フフッ。さぁ、勇也君。二人に動画を送信されたくなければ少し遅いですが私にただいまのちゅーをして下さい! そうすればこの動画は削除してあげますよ?」


 さぁ、どうしますか? と煽ってくる楓さん。俺の頭の中でプツンと糸が切れる音がした。そこまで言うなら俺も本気を出さねばなるまい。後悔してももう遅い。


「……わかったよ、楓さん」


 俺は気持ち声のトーンを下げて言葉を発してゆっくりと立ち上がる。俺の微妙な変化に気が付いたのか、ニヤニヤ笑っていた楓さんの表情が怪訝なものへと変化する。無言で距離を詰めていく。


「ゆ、勇也君? ど、どうしたんですか?」


 俺の威圧を感じ取ったのか、楓さんは声を若干震わせながら俺の前進に合わせて後退する。けれど俺はあえて無言を貫き通し、一歩ずつ楓さんに近づいて行く。


「勇也君……? か、顔が怖いですよ? もしかして怒っていますか?」

「怒る? どうして? 俺は楓さんとキスがしたいだけだよ? むしろどうして逃げるの?」

「だって勇也君の顔が……っあ」


 フッフッフッ。ついに楓さんを壁際まで追い詰めたぞ。これであなたの逃げ場はもうない。さぁ、調子になった子猫ちゃんにはお仕置きの時間だ。


「どうしたの、楓さん? なんで逃げるの? キスして欲しんじゃないの?」

「あぅ……それは、その……してほしいですけど……」


 急にか細い声になる楓さん。先ほどまでの威勢はどこに消えてしまったのだろうか。俯き、目を泳がせる彼女の顎を右手でくいっと持ち上げて強制的に視線を合わせる。


「ちゃんと俺のことを見てよ。キス、して欲しいんでしょう? 俯いていたらできないよ?」

「―――!!?? ゆ、ゆうやきゅん!?」


 俺の顎くいにパニックになった楓さんが顔を真っ赤にして逃げ出そうとするので俺はバンッと左手で行く手を阻むように壁に手を着いた。いわゆる壁ドンというやつだ。


「―――!!??」

「逃げちゃダメだよ。キスが出来ないだろう?」

「ゆ、ゆうやくん……」

「愛してるよ、楓」


 黒曜石のような綺麗な瞳を見つめながら、俺は楓さんに優しくキスをした。すぐに蕩ける表情に変わる楓さん。だがお仕置きはこれで終わりじゃない。


 腰に手を回して再び唇を重ね、我慢できなくなった楓さんの口が自然と開くのを待って舌を絡ませた。


「んぅ……ゆうやぁくん……好きです……んぅ……大好き」


 甘い声を出しながら離さないと主張するように首に手を回してくる楓さん。俺はさらに強く彼女の腰を抱きしめると飴を舐め溶かすように楓さんの柔らかい桜餅のような舌を舐めたり口に含んで吸引したりして優しく虐めていく。


「ぅん……ゆうや……くん。ダメです……私……もう立っていられません……」


 唇がふやけるくらいの時間、濃厚に濃密なキスを堪能していたら楓さんがギブアップを宣言してきた。俺が支えていないと立っていることが出来ない程に楓さんは蕩けていた。少しやりすぎたかもしれないが俺はフフっと笑って、


「これはお仕置きだよ。楓さんが俺のことを試すようなことを言うのがいけないんだ。調子に乗ってごめんなさい、って言ったら許してあげるよ?」

「ぅんっ……調子に乗って……んむっ……ご、ごめんさぁい……」


 楓さんが謝罪の言葉を述べている最中にも容赦なく舌を絡ませた。はぁはぁと甘い吐息を吐きだしながらへなへなと地面にへたり込む楓さん。


「うぅ……ゆうやくんの本気をみました。でも……すごく素敵でしたぁ。顎くい、壁ドン、濃密なちゅー。最高です」


 あれ、おかしいな。お仕置きのはずがもしかして今ので楓さんの内なる何かを目覚めさせてしまったのか?


「またしてくれますか、ゆうやくん?」


 蕩けた艶美な顔で甘えてくる楓さんに俺は唾を飲み込みながら頷いた。


 たまには俺から積極的になるのも悪くない。いや、むしろ今までやられっぱなしだったのが問題なのだ。これからは俺がもっと楓さんをリードしていかなくては!


「ゆうやくんの蕩けた顔、すごく可愛いので私も頑張らないといけませんね。覚悟していてくださいね?」

「……お手柔らかにお願いします」

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