第7話:初恋の話

 一葉電機。今年で創業100年を迎える日本が世界に誇る電機メーカー。その事業は家電だけでなくリフォーム事業、電気自動車、インフラ整備など多岐にわたり、世界規模で事業を展開している超優良大手企業である。


「私の父、一葉一宏ひとつばかずひろはその四代目です。今どき世襲制なんて言うと時代錯誤かもしれませんがそう言われないだけの努力をしていると、父はよく言っています。そんな父の跡を継ぐのですから覚悟してくださいね?」


 死刑宣告。これは紛れもない死刑宣告だ。社会に出れば日々是精進なの理解しているけれど、まさか高校一年生の時点でそんなグループ社員何万人もいる企業の社長になるための努力をしなければいけないと宣告されるとは。


「大学には進学してもらいます。そうですね、少なくとも国公立ですね。でも変なところに行くくらいなら私立でも構いません」

「大学行ったらお義父さんのところで働けないんじゃないか?」

「バイト、サークルで無駄な時間を過ごすつもりですか? それとも勇也君は飲みサーとかヤリサーとかに入って遊びたいんですか? 私という者がありながらバイト先の優しい先輩に手取り足取りナニ取りされたいんですか?」


 言わなくてもわかると思うが俺は何も言っていない。ただ単純に大学に通いながらお義父さんのところで働けるのか、高校卒業したらすぐに社長のそば付きになるんじゃなかったか? だって婿入り後は働いてもらうって言っていたし。


「勇也君は私とイチャイチャしていればいんです。私はこう見えて努力家です。勇也君の性癖がどれだけ特殊であろうともその期待、その希望に見事に応えてみせます。だから、他の子とはしないでね?」

「う、うん。もちろん」


 上目遣いでウィンク飛ばされたらこう答えるしかないじゃないか! 俺にどうしろって言うんだよ! と言うかそろそろ聞かないといけないことがある。泣いて、抱き着いたあとに聞くのもどうかと思うが、これは聞いておかないといけないことだ。


「ねぇ、一葉さん。どうして俺を助けようとしてくれたの? 俺達ってそこまで接点がなかったと思うけど?」

「そうですね。確かに勇也君と学校で話したことは少ないですが、私はあなたのことを見ていてました。放課後のサッカー部の練習で」


 俺が幼少期から今まで続けている数少ないこと。その一つがサッカーだ。と言っても我が明和台高校サッカー部はそこまで強くない中堅高。俺のポジションはフォワードだが中々ボールが集まらない。中盤が弱いのだ、我がサッカー部は。


「日も暮れて。みんながすでに帰っているのに一人でボールを蹴っているサッカー部員が居ました。毎日。毎日。飽きもせず。ひたすらゴールに向かってボールを蹴り続けているその男子は、普段は見せない鬼気迫る表情をしていました」

「…………」

「この人は私とは違う。私にはない、何かに対してひた向きに努力をすることが出来る人なんだと思いました。そうしたら不思議なことに。いつの間にかその子に目を奪われてしまいました。応援していました。この努力が報われるようにと」


 だけどこの努力は報われることはなかった。全国大会出場を夢見ていたが結果は地区大会三回戦で敗退。俺の毎日の練習が実を結ぶことはなかった。


「ですがその子は敗北に絶望していませんでした。翌日もまた、いつものように一人でボールを蹴っていたんです。少しは休むか、もう一人での練習は止めてしまうと思っていたのに。あぁ、この人は絶望に屈しない強い心を持っている素敵な人だ。私の心はあなたにくぎ付けになりました」

「俺は……別にそんな大層な人間じゃないよ……」

「あなたがなんて言おうとも。私はそんなひた向きなあなたの姿に恋したのです。他の誰かが勇也君の魅力に気付いて奪われてしまう前に何としてでも私のモノに……私だけを見ていてもらうようにしたかったんです」


 日本一可愛い女子高生に選ばれた一葉さんにここまで思われるのはとても嬉しいことだ。まさか毎日馬鹿みたいにボールを蹴っていたことで惚れられるとはね。一葉さんは俺のことを遠目から見ていて好きになってくれたけど、俺は彼女のことを何も知らない。好きかどうかと尋ねられたら俺の答えは『わからない』だ。


「一葉さんの気持ちはよくわかった。一葉さんのようなとても綺麗な子に好いてもらえるのは素直に嬉しい。でも俺はまだ君のことをよく知らない。だから一葉さんの気持ちに今すぐに答えることはできない」

「いいんです。むしろそれでこそ私の初恋の相手です。私の外見ではなく、一葉楓を知らないから答えることができない。その答えで私の中での勇也君への好感度は急上昇です」


 そういうものだろうか。人を好きになるということは見た目も確かにあるだろうが、それ以上に相手がどんな人間かを知らないと好きになれないと俺は思う。少なくとも俺の中での基準は一緒にいて楽しいか、素の自分でいられるか。ちゃんと吉住勇也の内面を見て、理解してくれるかどうかがある。外見だけで交際を始めた奴らの関係性の崩壊は驚くほど速い。まぁ俺の場合はそんなことは許されないのだが。


「フフフ。多少強引ではありましたが、外堀から埋めていく作戦は成功しました。今はまだわからなくても、いつか必ず、勇也君に『お前が好きだ』と言わせてキスしてもらいますから。そしたらそのまま勇也君を押し倒して……グヘヘ……」


 俺が押し倒すんじゃなくて一葉さんが俺を押し倒すんだ。年頃の女の子がグヘヘとか言いながらよだれを出すんじゃありません。せっかくの美人が台無しだ。これでは世間が抱いている一葉楓像が崩れ落ちてしまう。


「あぁ……なんとなく君のことがわかった気がする。学校と家ではかなりのギャップがあるということがね」

「人間誰しも仮面を被っているものです。それは勇也君もそうですよ? 意識、無意識かはわかりませんが、今のあなたとサッカーをしているあなたは別人ですよ? もちろんいい意味ですけどね」


 自分ではよくわからないが、確かピッチ上での俺は普段とはまるで別人だと友人から言われている。多少好戦的と言うかエゴイストになっている自覚もあるがそこまで言うほどだろうか。


「無意識なら自分ではわからないものですよ。ちなみに私はどっちが仮面でどっちが本質だと思いますか?」

「さぁね。俺としては今みたいな感じで可愛い一葉さんも、学校にいるときのようなクールな一葉さんもカッコいいし。まぁどっちが君の本質なのか判断できる材料はないから、一葉さんの言葉を借りるならそれは追々わかればいいかな?」


 クールな一葉さんも凛としていてカッコよく女の子なのに頼りがいがあって好きだし、グヘヘと妄想に浸ってだらしのない顔をしたり、照れて顔を真っ赤にしたりするのはギャップ萌えがあって可愛い。


「そ、そうですね。私もこれから勇也君の好きな食べ物とか好きな女性のタイプとか性癖とか好きなシチュエーションとか色々知っていきたいと思っています。だからお互い頑張りましょう? ちなみに私の好きなシチュエーションは囁きいn―――」

「ストーーーップ! それ以上はまた今度にしよう。もう少しお互いを知ってからにしような!?」


 隙あらば真顔で爆弾をぶち込んでくるからその処理がいい加減追い付かなくなる。しかも本気で真顔ならいいのだが目を若干反らしながら照れ顔で言ってくるのものだから俺の心臓は破裂しそうになる。ここまでくると全て計算ではないかと疑いたくなる。


「さて。冗談はこのくらいして。勇也君。そろそろ荷造りを始めましょうか。最低限の荷物を包んだら移動しますよ」

「移動? 移動ってどこに?」

「決まっているじゃないですか。私達の愛の巣にですよ!」


 え? 同棲生活って今日からもう始まるの?

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