第37話:策士策に溺れる?

 学年主任のありがたいお言葉を寒空の下で聞かされたおかげですっかり身体が冷えてしまった。こういう時くらい短くまとめて話してくれないものだろうか。まぁどうでもいいことはさておいて、俺達は目的地に向かうべくバスに乗り込んだ。


 俺と伸二はあえてみんな座りたがらない前の方の席を選んだ。先生が座る席に近いのは嫌がるので必然的に後ろを選ぶ。逆を言えば噂好きや面倒な質問をしてきそうな連中と離れることが出来るのでこの選択はむしろ最善手と言える。


「バスの中での会話なんてそんなに聞かれることないと思うけどなぁ。気にすぎじゃない?」


 誰のせいでここまで敏感になっていると思っている!? お前達がよからぬことを企んでいるからだろう!?


「何のことかな? それに何も特別な事じゃないと思うけど? お互いの彼女・・のどんなところが好きかを話すなんてさ。それとも勇也は夜、みんなの前で話がしたいの?」


 それは嫌だなぁ。宿泊するコテージ四人一部屋だ。寝室が二部屋あって寝るときは別々になるのだがどうせリビングで集まって談笑することになるだろう。幸いなことに伸二以外の二人も彼女の持ちなので余計な嫉妬はないと思うが、それでもあれやこれや聞かれるはずだ。それは勘弁願いたい。


「いや、待て。ということはコテージでは話さないけどお前には今話すってことか? 俺はそれ自体を丁重にお断りしたんだが?」

「つれないこと言わないでさ。移動中は暇なんだから色々聞かせてよ。それとも勇也は僕の秋穂自慢を聞きたいの? それならそれでかまわないけど……覚悟してね?」


 伸二の大槻さん自慢を聞くのは聞くである種の拷問に近い。なにせ一々感想と同意を求めてくるのだ。幸せそうな顔で語るものだからはいとイエス、可愛いな、以外の返答が出来ない。それを三時間近く隣の席で聞かされるくらいなら―――


「わかったよ。お前の口車に乗ってやるよ」


 覚悟しやがれ。お前がその気なら俺だって多少本気を出して楓さん自慢をしてやるからな。悶える覚悟は出来ているんだろうな?


 点呼が終わり、バスが走り出す。バスガイドさんのアナウンスを聞きながら、俺は何を話そうか吟味した。



 *****



 出発して一時間半が経過して目的地まで折り返しを過ぎた頃。隣に座る伸二の様子がどこかおかしい。何故だ。


「ね、ねぇ勇也……僕が悪かったからそろそろ許してくれないかな?」

「はぁ? 許すも何もないだろう? そもそもお前が聞いてきたことだろうが」


 俺は伸二の作戦に乗っかって楓さんの魅力的な部分を懇切丁寧に説明した。伸二は一度我が家に来ているから楓さんのギャップを目撃しているので今更な部分はあるが、からかってくるのに反撃するとすぐに照れることの具体例―――特にバレンタインの夜の話―――を交えて話した。


 さらに俺のことを誰よりも見ていてくれていることも話した。伸二を除き、みんなが冷ややかな目で見るサッカー部の居残り練習を笑うことなく、その努力を認めてくれた。褒めてくれて頑張れと応援してくれた。その気持ちがとても嬉しかった。


 最初はただの憧れで、一緒の時間を過ごすことに抵抗もあったしそれ以上に緊張で死にそうになった。でも今ではそれが当たり前となり、知らなかった一面をどんどん見せられて、俺の心は魅せられている。はっきり言えば、もう楓さんのいない日常は考えられなくなっている。まぁこんなこと、まだ本人には言えないけどな。


「ハ、ハハハ……ごめん。勇也。マジでごめん。これ以上はダメだ。聞いていられない。ここまで重症だったとは思わなかった。僕が舐めたよ……」

「あぁ? そりゃどういう意味だよ?」


 伸二を問いただそうと思ったら、バスがサービスエリアに入った。ここで十五分ほど休憩するそうだ。停車するや否や伸二は俺から逃げるように外に出て行った。あの野郎、逃がすか!


 脱兎の如く逃げだした伸二を追いかけてバスから飛び降りたが、すでに奴は他人事実の中に消えていた。くそっ、なんてスピードだ。


「あっ……勇也君……!」


 俺もその背を追おうと走り出そうとしたとき、俺の名を呼ぶ聞き慣れた声が耳に入ってきた。振り返るとそこにいたのは案の定楓さんだった。


「あ、楓さん。お疲れ。バスの中はどうだった? 酔ったりしなかった?」

「う、うん。大丈夫。秋穂ちゃんと話したり音楽聞いたりしていたから。ゆ、勇也君はどうだった?」


 なんだろう、心なしか楓さんの顔が赤いような? 車内が暑かったのだろうか。まぁ俺達のバスの暖房も効きすぎなくらいだったからな。そのせいで顔が赤くなっているのだろう。にしてもその質問は困るな。この一時間半は楓さんの可愛い所を実例を交えながら伸二に話していたからな。


「あ、あぁ……うん。楓さんの言っていた通り、伸二から色々聞かれたけど大丈夫だったよ。むしろ伸二の自慢話を聞く方が辛かったかな。アハハハ!」


 笑ってごまかすことにした。こんなところで言えるわけがない! もう楓さんがいない生活は考えられない、って伸二に話したなんて! それは告白じゃなくてプロポーズになってしまう! 俺はまだ楓さんに心を込めて『好きです』とさえ言えていないんだぞ! 話はそこからだろう。


「そ、そうなんだ! そそそそれは大変だったね! あっ、私お手洗い行きたかったんだ! じゃまた向こうでね!」


 バイバイ! と手を振って、猛ダッシュで楓さんはトイレへと走っていった。なんだろう、この一人取り残された感は。


「いやーーーヨッシーも隅に置けませんなぁ! よっ、このお惚気大魔神!」

「―――大槻さん? っえ、お惚気大魔神? なにそれどういう意味?」


 バシンと背中を叩きながら声をかけてきたのは大槻さん。地味に痛かったんだけど。


「こっちの話、こっちの話! 楓ちゃんは愛されてんなぁって思ってさ! じゃぁまたね、ヨッシー!」


 ナハハハと大笑いしながら大槻さんは楓さんの背中を追った。なんだろう、俺の知らないところで何かよからぬことが起きているのかもしれない。


「……伸二を問い詰めればいい話か」


 今は逃げられたとしても帰ってきた時があいつの最後だ。何を企んでいたのか全て白状させてやる。


 伸二は戻って来るなり俺からの問いかけを無視するようにイヤホンを付けて音楽を聴き出した。理由を問いただしてもただ申し訳なさそうに


「ごめん、勇也。僕らが悪かった。本当にごめん」


 と謝罪するばかり。結局真相を確かめることができないまま目的地に到着した。

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