第36話:波乱の幕開け?
時間というのはあっという間で、バレンタインから早一週間。
ついに迎えた課外合宿当日の朝。時刻は9時過ぎ。
俺と楓さんはいつものように一緒に学校に向かっていた。集合は10時に学校の中庭。そこからバスに分乗していくことになっている。クラスごとに分かれて片道三時間半のバス旅。けれど楓さんはそれがひどくご不満のようで。
「あのですね、楓さん。そんなに強くしがみつかれたら歩きにくくないですかね? 荷物もあるんですよ?」
「……嫌です。これから三時間以上、勇也君と一緒にいられなくなるんです。せっかくの移動なのに別々なんてあんまりです。寂しいです」
いや、それはそうなんだけどさ。そんなこと言ったら普段クラスが違うし俺は部活をやっているから学校で一緒にいられる時間なんてもっと少ないじゃないか。それと比べたら三時間なんてあっという間じゃないか?
「違うんです! 普段と違うからこそこの移動の三時間は耐えられないんです! 一緒にバスの中でお話したり景色みたり色々したかったのに……先生も頭固すぎです!」
先生は悪くないよ? むしろ生徒が自由にバスに乗ったら点呼を取るのも面倒になるから仕方ないと思うぞ。まぁ点呼なんて言っても隣に座っている同士で確認し合うだけだから。どうとでもなると思うんだけど、それは言わないでおこう。
「むぅ……勇也君の薄情者……」
「あのね、楓さん。出来ることなら俺だって一緒にいられたらきっと楽しいだろうなぁって思うよ? でもこればっかりは仕方ないって。向こうに着いたら今日は確か英国の文化体験だったよね? その時は隣の席に座れると思うし、明日のスキーと星空観察も自由だから一緒にいようよ。それじゃダメかな?」
出来ることなら楓さんと一緒にいたい気持ちはある。それくらい俺の中で彼女の存在が大きなものになっている。同じ時を過ごし、抱きしめ合って眠りについたあの日からその思いが加速している。待て、ということはこの二泊三日の二日間は楓さんの温もりを感じることが出来ずに就寝するということか!?
「もう私……勇也君がいないと満足できない身体になっちゃった……」
「よし! 言い方に気を付けようか! 間違っていないかもしれないけど間違った誤解を生むから訂正しような!?」
ベッドの真ん中で二人並んで寝るようになってから一週間以上。最初の数日はドキドキしてまともに寝ることはできなかったが、今ではすっかり俺も慣れて楓さんの温もりを感じて眠りにつくことの安心感を覚えてしまったので彼女無しでは満足できない身体になっていると言っても過言ではない。
「でもその言い方だとあらぬ誤解をみんながするからやめてね!? むしろ俺と一緒に暮らしていることが一気に広まるからダメだよ!? 浮かれて色々喋らないでね!?」
「わかってますよ。その辺はちゃんと気を付けます。勇也君こそ、日暮君の誘導に乗せられて口を割らないように気を付けて下さいね? まぁ私は別にかまわないんですけど」
バスの座席は自由だったのでそこは伸二と隣の席にした。むしろ伸二以外の男子と一緒に座るのは苦痛を通り越して拷問だ。逃げ場のない空間で質問攻めに合うこと間違いなしだ。
「私も隣は秋穂ちゃんなので、移動中はガールズトークに花を咲かせる予定です。お互いの彼氏の良い所自慢をしようってことになってます」
何それ、俺と伸二の話を当人がいないところで話をするの? バスの中ってことは必然的に周りに座っている女子にも聞こえるどころか話参加してくるよね? え、俺のことをどんな風に話をするつもりなの?
「そうですねぇ……誰よりもひた向きに努力が出来る人。絶望にも屈しない強い心を持っている人。気遣いが出来る人。料理が上手な人。素直じゃない、不器用なところがあるけど大切に思っているのが伝わるとても優しい人、等々ですかね? あれ、どうしたんですか勇也君。なんで顔をそむけるんですか? こっちを向いてくれませんか?」
無理です。向けません。なんでそうポンポンと褒める言葉が口から飛び出してくるんですか? すごく恥ずかしいんですけど。冷え込んだ冬の朝とは思えないくらい頬に熱が集中している。何なら耳まで熱いぞ。どうしてくれるんだ。もうすぐ学校に着くのに!
「フフッ。それは常日ごろから勇也君のことを想っているからですよ。勇也君が日暮君に私のどこが好きか聞かれたらなんて答えてくれるんですかね。楽しみです」
ちょっと待て。その言い方はおかしくないか!? 俺の知らないところで話が進んでいるんじゃないだろうなぁ!?
「それは応えられません。禁則事項です。バスの移動が始まってからのお楽しみってことで」
何それ怖い! バスの中で俺は伸二に何を聞かれるの!?
課外合宿は波乱になる。しかもそれはすでに始まっている。
「楽しみですね、課外合宿!」
「そうだな。今の話を聞かなかったことにすれば楽しみだ」
まぁ何を聞かれたところでいいさ。開き直って堂々と答えてやるさ。覚悟してろよ楓さん!
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