第38話:懸念事項は事前に潰そう

 目的地に到着した俺達はまず荷物を持ったまま施設の一つであるマナーハウスに集められた。荷物をどうにかさせてもらいたかったが、この施設の説明と今日の流れを学年主任の先生が説明した。


 まずはしおりに書かれている宿泊のコテージに移動して休憩を兼ねて荷解きをして一時間後に再びマナーハウスに集合。そこで予め個人で決めた英国の文化体験を分かれて受ける。その後は夕食、自由時間を経て22時には各自のコテージに戻り就寝となる。


「この後の英国体験はクッキングだよね? 何を作るのかなぁ。楽しみだね、勇也」

「作るのはスコーンかショートブレッドのどっちかだって書いてあるぞ? その場で決めるらしいな。ただ全部英語で説明されるみたいだから結構大変そうだぞ、これ」


 この施設の売りである英国の文化体験だが、講師は外国人で進行は全て英語で行われる。コミュニケーションを取りたければ日本語は通じず、どんなに拙くても英語を使わなければならない。


「まぁ楓さんは任せて下さい! って自信満々だったから大丈夫だろう。それに俺も聞くだけなら何とかなるし。気楽にいこうぜ」


 子供のころに一年間だけ通っていた英語教室のおかげだな。こればっかりはアホな両親に感謝している。人並み以上には聞き取れる自信はあるし、この日のために楓さんと特訓した時も褒められたくらいだ。


 制服から動きやすい服装に手早く着替えて、俺と伸二はコテージのリビングでくつろぐことにした。時刻は14時前。テレビを点けたところでワイドショーかドラマの再放送くらいしかやってない。けれどルームメイトの二人は備え付けのソファでだらけて刑事ドラマの再放送を楽しそうに見ていた。


「おぉー日暮に吉住。お前達も一緒に見ようぜ」

「俺は違うのがいいんだけど……これ何度も観たし……」


 何度見てもいいじゃんか! と叫びながらリモコンを胸に抱えたのが茂木大地もぎだいち。野球部に所属しているが頭は坊主じゃない。坊主にして勝てるなら苦労はしないという監督の考えだ。ちなみに彼は一年生ながらショートのレギュラーだ。彼女は中学の後輩で今年うちに入学予定らしい。彼氏を追ってくるなんて健気である。


 対して茂木にリモコンを奪われて渋々引き下がったのが坂口水都さかぐちみなと。眼鏡をかけた天然パーマで少し覇気がないが幅広い知識を持っているのでどんな話題にもついてこられる歩くネタの宝物庫にしてコミュ力の塊。彼女は別の高校に通う幼馴染のため、ラブコメ主人公と呼ばれている。


 ちなみに二人が見ている刑事ドラマは人材の墓場と呼ばれる部署に所属している二人の刑事の作品だ。『最後にもう一つだけ、よろしいですか?』が口癖のやつだ。俺は最初のコンビが一番好きだなぁ。


「吉住と日暮はクッキングだったよな? 俺はスヌーカーとかいうビリヤードみたいなやつで坂口が英会話か。ってか男でクッキング選ぶとかお前達くらいじゃないか?」


 うるせぇよ。仕方ないだろう、楓さんと大槻さんがクッキングがいいって言ったんだからさ。別に俺も伸二も何でもよかったから反対しなかったけど、ふたを開けてみたら案の定圧倒的な女子率の高さに驚いた。しかも男は全員彼女持ち。当然か。みんな似たような話だ。


「こんなことなら俺もクッキングにしておくんだったぜ。一葉さんのエプロン姿なんて一生見られるかわからないんだからな」


 残念だったな、茂木。それなら俺はもう何度も楓さんの可愛いエプロン姿を見ているぞ。それだけじゃなく俺のために料理を作ってくれている後姿もな。新妻感があっていつ見ても幸せな気持ちになっている。


「クソがぁ! 吉住! あとで色々聞かせてもらうからな!? 覚悟しておけよ!?」

「そのことなんだけど……茂木。悪いことは言わないからそれは聞かない方がいいよ……」

「おい、それはどういう意味だよ日暮?」

「あぁ……なんて言うか、その……多分君は死ぬ。糖分過多で、悶えて、そして絶望して死ぬ。だから悪いことは言わない、止めておくんだ。これは体験者である僕から忠告だよ」


 悲壮な表情、そしてバカップルとして名をはせている伸二からの進言に不吉なものを感じ取ったのか、茂木はこくりと頷いた。これで余計な詮索は避けられそうだ。お前も聞いてくるなよ、坂口。


 それにしてもその言い方はひどくないか、伸二? 俺がいつお前を絶望に突き落としたよ。お前だって大概だろうが。


「うるさい。僕らの前でごく自然にあーんし合おうねって話を目の前で聞かされた僕と秋穂の気持ちがわかるか!? ストロベリー空間を見せつけられた僕と秋穂の気持ちを考えてみろ! 甘すぎて胸焼けしたよ!」


 なんだよ! 悪いかよ!? そもそもあれはお前らが先に食べさせ合いしようとか、俺の前では見せられないとか過激な発言をしたのが原因だろうが! 俺のせいにするなよこのバカップル!


「わかった……うん、すげぇよくわかった。バカップルで有名な日暮にそこまで言わせるくらい、吉住と一葉さんはラブラブってことだな。馴れ初めとかどうなんだ、とか聞いたら多分聞いた側が失神する。そういうことだな?」

「そういうこと。残念だけどあまり深い入りしない方がいいよ。どうしても聞きたいなら止めないけど……」


 伸二の追い打ちを食らって茂木は黙ってテレビに集中することにしたようだ。坂口は興味がなかったのか俺達に見向きもせずにドラマを見ていた。


「さて、時間はあるけど先にマナーハウスで待っていようか。早く秋穂に会いたいし、勇也も一葉さんと話したいだろう?」


 そうだな。ここで時間を潰すのもありだけど、出来るなら楓さんと一緒にいたいかな。メッセージを入れるとすぐに返信が着た。楓さんも同じ気持ちだったようだ。嬉しいなぁ。


「というわけだから、僕と勇也は先に行っているから戸締りよろしくね」


 俺と伸二はコテージを出た。おう、と返事を返した茂木の顔がげんなりしていたのが気になるのだが。


「早速犠牲者を出したね。多分茂木はもう聞いてこないと思うよ。坂口は僕ら四人が集まって昼食を食べているのを見ているから聞くまでもないって思っていそうかな。よかったね、勇也。墓穴を掘らずに済みそうで」


 別に何を聞かれても答えるつもりではあるんだけどな? バスの中で伸二にも話したが楓さんの可愛い所とか聞かれたら結構話せるぞ?


「うん、それはもうホントに止めて、勘弁して」


 聞きたくないと言わんばかりに伸二は耳を塞いで走り出した。自分から聞いておいてひどい親友だ。


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