第39話:青春だね!

 マナーハウスがどんな場所か説明してなかったが、端的にイメージするならホグ〇ーツ魔法学校のような感じだ。集合場所になっている広い講義室や、食堂はあの世界をそのまま再現していると言っても過言ではない。


 さらに言えば、ゲストハウスの寝室のクローゼットの中には彼らが羽織るようなローブもあった。大阪のテーマパークもびっくりのなりきりセットだ。


「勇也くーーーん! こっちです!」


 名前を呼ばれた方に視線を向ける。楓さんが満面の笑みで大きく手を振っていた。彼女も制服から動きやすそうな私服に着替えていた。今日のお召し物は落ち着いた色合いのロングスリットのニットセーターにプリーツスカートの組み合わせ。スリットから見えるスカートがゆらゆら揺れて可愛い。


「どうですか? このお洋服、可愛くないですか?」


 その場で腰に手を置いてモデルのようにポージングを決める楓さん。さすが全国女子高生ミスコンを勝ち抜いただけのことはあり、その立ち姿は様になっている。


「もちろん似合ってるよ。同じ高校生とは思えないくらい、大人びて見えるかな」

「むむっ。勇也君、それはどういう意味ですか? それは私が老けているって意味ですか? どうなんですか?」


 どうしてそういう解釈になるのか。俺は大人びて見えると言っただけで老けているなんて一言も言ってない。むしろ大人びて綺麗に見えるからドキドキすると言うか、隣で歩いていたら歳の差カップルに見えるのでは? その場合俺は年下系彼氏で甘えてもいいですか?


「もう……そう言うことなら初めから言ってください。でも私が勇也君の年上彼女ですか。えへへ。いいですね、それ」


 いけない。あのにやけた顔は楓さんがよからぬことを考えて妄想している時に見せるサインだ。今彼女の頭の中では年上になった自分が年下の俺を甘やかしたり誘惑とかしている情景を思い浮かべているに違いない。


 ピコン、と電球でも灯ったのか何かを思いついた楓さんが戦々恐々と身構えている俺にゆっくりと近付いてきた。この講義室、階段状になっているから必然的に楓さんを見上げるような形になる。


「ねぇ……勇也。お姉ぇさんにたくさん甘えていいんだぞぉ?」


 耳元で甘ったる声で囁き、最後に吐息を吹きかけてきた。なんだよ、今の声!? 普段とは違う、艶のある大人びた音色。身体に電流が駆け巡りぞくぞくと震える。頬は熱を帯びて心臓は最高速度で鼓動している。息も荒くなる。


「楓さん!? 今のなに!? びっくりしたんだけど!?」

「勇也君が年上のお姉さんに甘やかされたいなぁって顔をしていたからやってみたんですけど、ダメでしたか?」


 ダメじゃないです! むしろありがとうございます! って俺は何を考えているんだ! 流されてはいけない。ここは毅然とした態度を見せなければ楓さんはさらに調子に乗って第二波を仕掛けてくる。


「それじゃぁ……この合宿が終わったら、たくさん……たくさん、可愛がってあげますね?」


 か・え・で・さ―――ん!! 追い打ちの破壊力が高すぎる! 俺の肩に両手を置いて抱きしめるような姿勢でそんな蕩けるような誘惑をしないでください! 心臓が破裂する。精神が崩壊する。


 俺はごくりと唾を飲み込んで、フフッ、と妖しい笑みを浮かべて勝ち誇った態度をみせている楓さんをギャフンと言わせるための言葉を考える。


「お姉さんに全部任せてくれいいですからね、ゆーくん。お姉さんがたくさん愛でてあげますからね」

「か、楓さん!? どどどどうしたのさ!? さっきから大分おかしいぞ!?」

「えぇ? どうもしていませんよ? 私はゆーくんのことが大好きなだけです。いけませんか?」


 このままでは楓さんの愛情に飲み込まれてしまう。ほんの少しだけ、彼女の方に身体を傾けて、ニットでより強調された果実の上に頭を垂れたて甘えたくなる。いいのかな? いいよね?


「はいはい! 盛り上がっているところ悪いけどその辺にしてね、お二人さん! さすがに二人だけの空間をこれ以上見せられた糖分過多で急死するよ!」

「そうだよ、勇也。気持ちはわかるけど少しは自重しないと」


 大槻さんが楓さんの、伸二が俺の首根っこを掴んで引き剥がした。何してくれんだよ! と文句を言いたいところではあるが冷静に考えたらかなりヤバイ。幸いなことにこの場には俺達四人以外だと施設スタッフの外国人講師くらい。


「楓ちゃん! いくら彼氏のことが大好きでもさすがにTPOはわきまえないとダメだよ! さすがに今のはやり過ぎだよ! 反省して!」

「……はい。反省します……」


 大槻さんに説教されてしょぼんとなる楓さん。散々バカップルと言われてきた大槻さんが言えたことではないと思うのだが、確かにさっきの楓さんは頭のネジが何本か外れていた。


「まぁ仕方ないよ。ここは家でもなければ学校でもないからね。一葉さんも少し浮かれていたんだよ、きっと」

「まぁ、そうだな。そういうときもあるわな……」


 浮かれる、にしては普段と違い過ぎだと思うけどな。もしこれが家だったら、俺はきっと全力で楓さんに抱き着いていたかもしれない。


「かなり絆されたみたいだね、勇也。僕らとダブルデート出来る日はもうすぐかな?」

「……うるせぇよ」


 ダブルデートも悪くないがせっかくの時間は二人だけで過ごさせてくれよ。なんて言えるはずもなく、俺は高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。そして何気なく振り返ると、準備をしていた外国人講師さんと目が合った。


「―――Enjoy your youth !(青春だね!)」


 ウィンク、爽やかなスマイル、そして止めのサムズアップ! さすがは英国紳士、様になっているぜ。俺は半分やけに半分負けじと笑顔でサムズアップを返した。そうさ、俺は今間違いなく青春している!


 大槻さんの楓さんへの説教はまだ続いていた。


「うぅ……秋穂ちゃんがいじめます。勇也君、助けて下さい!」

「……自業自得だよ、楓さん」


 まぁすごくドキドキしたし、今度は二人きりの時にしてほしいかな。

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