第176話:みんなのやる気はどこですか?

 体育祭でクラス優勝するため、そしてご褒美の焼き肉パーティーのため、俺達の過酷な特訓が始まる───なんてことはなかった。


「みんなのやる気はどこに行っちゃったのかな!? これじゃぁクラス優勝できないよ! 私は焼き肉食べたいんだよぉ!」


 大槻さんが地団駄を踏みながら叫ぶ声が校庭に響き渡る。そんな大きな声で焼き肉食べたいとか言うんじゃありません。


「だってだって! みんなで汗を流して勝ち取った勝利のあとに食べる焼き肉が美味しいってことはこの間の球技大会でヨッシーもわかったでしょう!? だから今回もこのチャンスを逃したくないんだよ!」


 放課後、競技種目の練習をしようとジャージに着替えて俺達はグランドに来たのだが、悲しいことに集まったのは十人足らずだった。楓さんに応援されてあれだけやる気になっていた茂木ですら、


「えぇ……去年もやったんだし、練習なんていらないだろう? 大繩は直前にやれば大丈夫だって!」


 と言う始末だ。むしろこうして集まって練習しようとしている俺達が特殊なのかもしれない。


「大丈夫ですよ、秋穂ちゃん。他のクラスは集まって練習していますから。単にみんなのエンジンが掛かっていないだけですよ」


 楓さんは慰めるように大槻さんの肩を叩く。まぁ確かに体育祭までまだ時間はあるから今焦っても仕方ない。気合を入れすぎたら空回りして本番前に息切れしかねないからな。こういうのはのんびりやっていくくらいでちょうどいい。


「そうだよ、秋穂。肩の力を抜いていこう? むしろ僕は秋穂がここまでやる気になっていることに驚きだよ」

「うぅ……楓ちゃんに続きシン君まで……ねぇ、哀ちゃんはどう思う? やっぱり気合入れすぎかな?」


 しょんぼりした様子で大槻さんは二階堂に尋ねた。この学校の女子生徒の中でおそらく一番運動神経がいいであろう王子様は準備運動をしながら、


「ん? やるからには全力だろう? それに私もまた行きたいんだよね。焼き肉」


 キリっとした表情で答えた。何を当たり前のことを聞いてくるんだ? とでも言いたげだな。同じ体育会系の部活に所属している身としては頭が上がらない。でも去年はそんなことなかったよな? どういう心境の変化だ?


「去年の玉入れで上手くできずに吉住に笑われて恥ずかしい思いをしたからね。今年はそのリベンジがしたいんだよ。ギャフンと言わせてやるからそのつもりでね!」

「いや、俺は別に笑ってなんかいないぞ? むしろ慰めたと思うんだが?」


 自信満々で挑みながらもまったく入らず、最下位に沈み、意気消沈してクラスの下に戻ってきた二階堂に気にするなと俺は声をかけた記憶がある。


「いいかい、吉住。時として慰めというのは人を苦しめることもあるんだ。あそこはむしろ笑ってくれた方がよかったのにキミは真面目に声をかけてくるから余計辛かったよ」

「そうか。ならもし今年もダメだったらその時は笑えばいいんだな?」

「フフフッ。笑ったら殴る」

「理不尽だなぁ、おい!」


 半笑いで拳を握る二階堂が俺には般若に見えた。真面目に慰めてもダメ、笑いながら気にするなと言ってもダメ。禅問答じゃあるまいし、どうしろって言うんだよ。


「もう、ダメだなヨッシー。そこはカッコよく〝お前の失敗は俺が取り戻すぜ!〟って言えばいいんだよ!」


 やれやれ、初歩的なことだよワトソン君。とロンドン在住の名探偵のような雰囲気を醸し出してドヤ顔をする大槻さん。なんだよ、そのイケメンの台詞は。とっさにそんな言葉出てくるのはフィクションの中の主人公だけだ。


「いや、自分はそんなこと言えないって顔をしていますが、勇也君はしれっとそういうこと言っていますからね?」


 楓さんがやれやれと呆れた様子で肩をすくめた。ちょっと待ってくれ。俺にそんな台詞を言った記憶はないんですけど?


「まったくもう……勇也君は本当に天然さんですね。この間だっていきなり狼さんになってお腹が空いたから私のことを食べるって───」

「スト──────ップ!! それ以上は言わせねぇよ! というかそれ以上は言わないでくれませんかお願いします!」


 あれはその場の雰囲気というか、そもそも楓さんが制服を半脱ぎで抱き着いてきて散々からかってきたのが悪いと思うんだよね。心臓が壊れるくらいドキドキさせられただけで仕返ししないとそれこそ男が廃る。


「ちょ、勇也君!? なんでそこまで喋っちゃうんですかぁ!?」


 耳まで真っ赤にしてポカポカと俺の胸を叩いてくる楓さん。うん、からかうのが好きなくせに反撃されたらすぐに照れるところとか本当に可愛いな。目覚めたらいけない何かが目覚めそうになる。


「そっか……楓ちゃんは肉食系彼女だったんだね。子猫じゃなくてライオンだったのか。こりゃヨッシーも大変だね」

「か、楓はすごいな……わ、私には無理だよ……そんな、制服は脱ぎながらせ、迫るなんて……うぅ」


 同情の視線を向けてくる大槻さんに何故か恥ずかしがって顔を両手で覆う二階堂。いや、どうして二階堂が照れるんだよ? 


「勇也……君は大人になったんだね。僕は恥ずかしすぎて口が裂けてもそんな台詞は言えないよ」

「馬鹿にしているな? なぁ、馬鹿にしているよな!?」

「いやいや。僕には到底無理だよ。もし勇也と同じように秋穂に迫られたら僕はその場から動けなくて固まると断言できるね」


 男らしく男らしくない発言をする伸二。まぁ大槻さんは肉食系なイメージがないからな。だからこそ迫ってきたらギャップで伸二もやられるんだろうな。二階堂は多分無理して迫ってくるけど途中で恥ずかしくなるパターンだな。って俺は何を考えているんだ。


「むぅ……勇也君をドキドキさせるにはギャップ萌えが必要ですね。そのためには何をすれば……難しいです」


 さりげなく腰に腕を回して密着しながら、楓さんはぶつぶつと呟いた。いや、ここ校庭だから当然のように抱き着かないでくれませんか?


「そんなぁ……勇也君は私とギュッとするのが嫌なんですか?」


 瞳をうるうるとさせながら泣きそうな声で尋ねてくる楓さん。


「あ、いや……それはもちろん嫌じゃないよ? 嫌じゃないんだけどTPOってあると思うんだよね? こういうことは家で……ね?」

「はい! ではこの続きはお家に帰ってからということで! さぁ、優勝目指して練習頑張りましょう!」


 一瞬で機嫌が元通りどころかやる気もフルチャージされて、えいえいおーと拳を天に掲げる楓さん。


 やれやれ。これでようやく練習が始められるな、と一息ついていると伸二がジト目を向けてきていることに気が付いた。なんだよ?


「ほんと、お願いだからイチャつくなら家でやってよね?」


 伸二だけではない。大槻さんや二階堂、そしてグラウンドに集まったクラスメイト達がそうだそうだと頷いていた。


「あぁ……うん。本当にすまないと思っている」


 俺は素直に謝罪することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る