いい夫婦の日 side 二階堂
『今日は〝いい夫婦の日〟ということで街行く人にインタビューをしたいと思います!』
ある日の昼下がり。たまたま点けたテレビのワイドショーのコーナーで4月22日の今日が〝いい夫婦の日〟ということを私───
みんな好きだよね、語呂合わせ。というか〝いい夫婦の日〟なら11月22日のほうがしっくりくると思うんだけど。
「吉住と楓にピッタリの日だなぁ。なんて言ったら吉住は顔を真っ赤に照れるだろうけど。楓の方は……うん。ニコニコ顔で〝ありがとうございます!〟って言うね。間違いない」
私はひとり呟きながら街頭インタビューをぼんやりと眺めた。ちょうど画面の向こうではアナウンサーが子連れの夫婦の下へと突撃して話を聴いているところだった。
『旦那さんの好きなところはどこですか?』
全国放送で尋ねる質問にしてはハードルが高すぎやしないか。現にちょっと強面の旦那さんがあたふたし始めている。無理もない。もし私が同じ立場で、隣にいる吉住が考え込み始めたら焦る。って私は何を考えているんだ。
そんな旦那さんの心境など露知らず、奥さんのほうは真面目な顔で考え込んでいるし、夫婦の間にいる小学一年生くらいの愛娘ちゃんも何やら考え込んでいる様子。
『そうですね……
ちょっと待って。インタビューを受けている女性は今確かに〝勇也君〟って言ったよね? え、ということはあの家族は吉住の知り合いってこと? それも単なる知り合いじゃなくて家族ぐるみで付き合いのある深い関係?
『当然だろう! 梨香は小学二年生になったばかりだぞ!? お嫁さんとかまだまだ早い! というか梨香、勇也と一緒にお風呂に入ったって本当か? 最近パパとは一緒に入ってくれないのに……』
ガクッと肩を落とす旦那さん。勇也とあの女の子が一緒にお風呂に入ったの!? 小学二年生くらいなら一緒にお風呂に入ることはあるかもしれないけど。うぅ私も勇也と一緒にお風呂に……ってだから私は何を考えて!?
『違うよ。間違っているよ、パパ。本当は勇也お兄ちゃんと二人でお風呂に入りたかったんだけど楓お姉ちゃんが乱入してきたんだよ。しかも二人とも水着着用で。さらに言えば私そっちのけでイチャイチャを……許せないんだよ!』
ダムダムと小学二年生とは思えないほど力強く地団駄を踏む女の子。あらぁと口元を抑えて驚いた様子の奥さんに感心したようなため息をつく旦那さん。そして私は軽いパニック状態。
「よ、吉住と楓が一緒にお、お風呂に……」
羨ましい。じゃなくてけしからん! まだ私たちは高校二年生だぞ。それなのにカップルが一緒にお風呂に入るなんて不健全だと私は思う。羨ましいなんて断じて思ってないんだから!でも……
「きっと吉住の背中を楓が流したんだろうなぁ……いいなぁ……」
自然とそんな言葉が私の口から漏れた。好きな人と一緒にお風呂に入って背中の流し合いをするって素敵だと思う。一日お疲れさま、よく頑張ったねと労いの思いを込めて吉住の背中を流したい。
「って、だから私はさっきから何を考えているんだよ!? べべべ、別に吉住と一緒にお風呂に入りたいわけじゃないんだからね!」
我ながら典型的なツンデレが言うような台詞が口から出た。心なしか部屋の温度が上がった気がする。頬を触ってみると熱を持っているし変な汗が背中に滲んでいる。
だというのに、私の頭から〝もしも吉住と夫婦になったら〟という妄想が消えてくれない。あり得ない話だからこそつい考えてしまう。
「も、もしも。もしも私が吉住とふふふ、夫婦になれたら……」
「あら哀ちゃん。そんなにフーフー言って、何か熱い物でも食べているの?」
「──────!? か、母さん!?」
いつからそこにいたのかわからないが、声をかけられて初めて私は近くにお母さんがいることに気が付いた。もしかして私が口に出していたことを聞かれてた?
「それはもちろんバッチリ聞こえていたわよ! 吉住君とカップルになるどころか結婚して夫婦になって背中流してあげたい~っていう健気な話とか、それはもうバッチリとね! なんなら録音しておけばよかったわ」
私は頬に両手をあててムンクの叫びのようなポーズをとった。最悪だ。一から十まで全部母さんに聞かれていた。
「遅れてやって来ても初恋はやっぱり良いものよねぇ。カップル通り越して夫婦になりたいって思うくらい好きな男の子が出来てお母さんは嬉しいわ!」
「いやいや! 違うから! 別に私は吉住と夫婦になりとか思ってないからね! 勘違いしないでよね!?」
「いいのよ、哀ちゃん。お母さんはわかっているから。素直になれないお・と・し・ご・ろ、なのよね?」
ウフフと口元を隠しながら笑う母さん。私の精一杯の言い訳に耳を貸さず、完全にからかいモードに入っている。ノリが女子高生のそれで、こうなった母さんはかなり面倒くさい。
「あっ! テレビに吉住君が映ってる!」
うそ!? 吉住がテレビに!? ということは隣には間違いなく楓が───と思って慌てて振り返ってテレビを見ると、そこに映っていたのは吉住と楓ではなく見ず知らずの老夫婦だった。
「母さん…………騙したね?」
「てへっ。まさかかぶりつくように反応するとは思わなくて。ごめんね?」
舌をペロッと出しておどける母さんに思わず私はイラっときた。この怒りをどこにぶつけたらいいのやら。
しかしそんなやり場のない怒りはテレビを見ていたら自然と消滅した。
インタビューを受けている老夫婦は互いの好きなところを照れながら、しかしはっきりと言葉にして話していた。年老いても口にできるのは凄いと思うし、何より私がしみじみ感動したのはずっと手を握っているのだ。
「いいなぁ……私も吉住と……はっ!?」
「ウフフ。我が娘ながら本当に可愛いわねぇ。そうだ、哀ちゃん! 春の新作のお洋服が発売されたからこれから一緒に見に行きましょう! 哀ちゃんに似合いそうなスカートが雑誌で載っているのをみたの!」
母さん、何度も言っているけど私はスカートよりもパンツの方が好きなんだよね。こう、ヒラヒラってしたのが私には似合わないというかなんというか。
「大丈夫! 絶対似合うわ! 普段は制服で見慣れているけど、私服で哀ちゃんがスカートを履くってイメージが吉住君にあまりなければギャップ萌えで悶えさせることが出来るはずよ!」
そういうものなのかな? 吉住も私が私服でスカートを履いたら喜んでくれるかな?
「自信を持つのよ、哀ちゃん! 飛び切り可愛いお洋服のお母さんが見繕ってあげるから! さぁ、準備をして急いで向かうわよ!」
「あ、ちょっと母さん!? 腕を引っ張らないで!」
その後。私は数時間ほど母さんの着せ替え人形となった。フリフリな可愛いロングワンピースから私の好きなタイトパンツまで、あらゆる種類の服を次から次へと試着をさせられ、両手で持つのが大変な量を購入した。
今日買った服たちをみんなの───吉住の前で着る日は来るだろうか。その時キミはなんて言ってくれるだろうか。願わくば、可愛いと言ってくれたら嬉しいな。
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