第177話:大槻さんの本気と自信なさげな王子様

 グダグダな始まりとなった練習だが始まってしまえばみんな真面目な顔になる。その先頭に立っているのはやはり大槻さんだ。玉入れに参加するメンバーを集めてどういう風に投げるのかを指導していた。


「まずスタート前にこんな感じで球を段組みしておくことが大切だよ! そうすればまとめて投げることが出来るし、全部入れば大幅に時間短縮ができるからね!」

「な、なるほど……さすが秋穂だ」


 ドヤっと胸を張る大槻さんの話に二階堂を筆頭に玉入れに参加するメンバー達は何度も頷いていた。まるで師匠と弟子達だな。


「フフッ。秋穂ちゃんは張り切っていますね。これはもしかしたら去年以上の記録が出るかもしれないですね」


 いつの間にか隣にいた楓さんは、一生懸命教えている大槻さんを微笑ましそうに見つめながらそう言った。去年は楓さん達のクラスが歴代最速のタイムを記録したんだよね。それを上回るってこと?


「はい。歴代最速のタイムを出して一位になりましたが1分を切れなかったので今年こそは、と思っているはずです」

「こういうと失礼かもしれないけどちょっと意外だな。むしろ大槻さんは体育祭とか好きじゃないと思ってた」


 ゴールデンウイークのみんなで遊んだボーリングの時も思ったが、運動部系の部活に入っていないから身体を動かすのは好きじゃないと思っていたけど本当はその逆だったようだ。


「フフッ。秋穂ちゃんはみんなで楽しくワイワイ騒ぐのが好きなんです。それでいて良い結果が出たら嬉しいって感じです」

「なるほどね。大槻さんらしいって言えば大槻さんらしいね。ってか楓さんはここにいていいの? 玉入れには参加しないんだっけ?」

「ちょっと楓ちゃん! いつまでヨッシーとイチャイチャしているのかな!? 早くこっちに来て練習するよっ!」


 どうやらサボっていたようだ。いたずらがばれた子供のようにテヘッと舌を出して笑う楓さん。うん、可愛い。


「それじゃ勇也君、行ってきますね! 勇也君も練習頑張ってくださいね!」


 手を振りながら楓さんは大槻さん達の下へと駆けて行った。さて、俺もそろそろ真面目にやりますかね。何を練習するかって? 伸二とバトンパスの練習だよ。と言って本番は伸二からバトンを受けるわけじゃないけどな。



 *****



「さて。そろそろ本命のリレーの練習をしようか! 順番はどうする!?」


 一時間ほど経った頃、ようやく大槻さんから解放された二階堂が活き活きとした顔で言った。まるでドッグランに連れて来てもらってはしゃぐ子犬みたいだな。尻尾があればブンブン振り回していることだろう。


「キミも見ていただろう? 秋穂のスパルタぶりを。あれこそまさに鬼教官だよ。部活の顧問より厳しいよ……」


 確かに大槻さんはビシバシ指導していたな。特に上手く入れられない二階堂に対して付きっ切りで教えていた。途中から球拾いに俺と伸二も駆り出されたくらいだ。

「うぅ……体育祭本番までが憂鬱になったよ。吉住、私上手くなれるかな?」


 二階堂にしては珍しく弱気な発言だな。それだけ大槻さんの指導が堪えたのか。それともなかなか上達しない自分に焦っているのか?


「らしくないな、二階堂。俺にぎゃふんと言わせるじゃなかったのか?」

「で、でも……今日だって全然入らなかったし……私のせいでまた負けることになったら……」

「大丈夫。楓さんや大槻さん、他のみんながいるんだ。一人で気負うなよ」


 くしゃくしゃっと子犬を愛でるように二階堂の頭を撫でる。


「う、うん……ありがとう、吉住。ね、ねぇ! もし私が頑張ったら───」


 意を決して二階堂が言おうとしたとき、誰かが俺の袖をクイクイと引っ張ってきた。振り返るとその主は案の定楓さんだった。


「勇也君。私も! 私も練習頑張ったのでナデナデを所望します!」

「いや、これからリレーの練習をするんだけど……まぁいいか」


 優しく撫でてあげると楓さんは嬉しそうにえへへと蕩けた笑みを浮かべる。この笑顔はいつまででも見ていられるな。ところで二階堂。何か言いかけていたけどどうした?


「…………別に、何でもないよ。そんなことよりイチャイチャはその辺にして練習するよ。順番も決めないといけないんだからね!」


 ぷくっと頬を膨らませてご立腹な二階堂さん。近くにいた伸二は苦笑い。楓さんは俺の手を掴んで強制的にナデナデを続けさせようしてくる。


「あ、あの……楓さん? そろそろ手を離してくれませんかね? 二階堂の言っていたように順番決めてバトンパスの練習とかしたいんだけど……」

「もう少しだけ。もう少しだけ頑張ったご褒美を! あとこれから頑張るエネルギーを補充させてください!」

「家! 家に帰ったら気の済むまで撫でてあげるから! 今は練習頑張ろう?」


 と言ってから後悔してももう遅い。楓さんは俺の手を解放してくれたが笑みの質が天使のそれから小悪魔へと変化していた。


「フフッ。言質は取りました。帰ったらたくさん勇也君に甘えますから覚悟していてくださいね? 答えは聞きません!」

「いや……くれぐれもほどほどでお願いします」

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