第178話:私がバトンを渡します!

 男女混合リレーの出走順はクラスで自由に決めることができ、特に決まりはない。オーソドックスなのは男子→女子→女子→男子の順番だが、毎年それを崩して奇襲を仕掛けるクラスがいくつかある。


「今年はどうする、勇也? なんか仕掛ける?」

「いや、勝ちにこだわるなら奇をてらうよりオーソドックスにいこう」


 伸二に問われて俺は迷わず答えた。男女の順番を入れ替えたとしても驚き、盛り上がりはするがただそれだけだ。二階堂と楓さんより速く走れる女子はそうはいないはずだから、余計なことはしなくていいと思う。


「むしろ優勝できるかどうかは俺と伸二次第だな。アンカーは───」

「アンカーは勇也に任せるよ! トップバッターは僕に任せてね! ばっちりリードを作るから!」

「はいはい! それなら私は三番手に立候補します! 勇也君に最後のバントを繋ぎます!」

「それなら私は第二走者かな。気楽に走らせてもらうよ。日暮、とちるなよ?」


 何か言う前に三人が走る場所を立候補してしまった。そしてそれで決定と言わんばかりの顔で俺を見てくる。今年も俺がアンカー走るのかよ!?


「だって勇也、去年アンカーで先輩を抜けなくて悔しがってたじゃん。今年はリベンジしないと!」


 伸二の言う通り、去年のクラスリレーでは伸二と二階堂で首位に立ったが三番手の女子生徒が抜かれて三位に落ちてアンカーの俺にバトンが渡された。なんとか二位まで押し上げることが出来たが三年生の先輩にわずかに届かず涙をのんだ。


「あの時の吉住は〝体育祭のリレーに負けた〟って雰囲気じゃなかったよね。それこそ自分のせいで負けたって感じで見ているこっちも辛くなったよ」


 苦笑いしながら言った二階堂の言葉に伸二も同意するように頷いた。あと一歩、手の届くところまで来ていた勝利を目の前で逃したから悔しかったんだよ。キーパーと一対一の場面でシュートを外して試合に負けたようなものだ。


「勇也君は勝負事には全力ですし、負けず嫌いなところがありますからね。だからこそ今年は勝ちましょうね」


 ポンと肩に手を置きながら楓さんは慈愛に満ちた笑みを俺に向けた。


「大丈夫ですよ、勇也君。今年は私が付いていますから。日暮君、哀ちゃんから貰ったバトンを必ず一位で勇也君にバトンを渡してみせます!」


 グッと拳を作って力強く宣言する楓さん。二階堂も日暮も任せろと頷いている。


「だから勇也君、一人で気負わないでくださいね? みんなで勝ちを掴み取りましょう!」

「ハハハ……楓さんには敵わないな。そうだね。四人で勝ちに行こう!」

「さぁ、そうと決まればバトンパスの練習をしましょう! アンダーハンドパスは無駄がないと聞くのでその練習です!」


 いや、楓さん。それはリレーの日本代表チームが採用しているバトンパスで難易度がものすごく高いからね? どれくらい難しいかって言うと、日本代表戦以外にこれを採用している国はないと言われるくらいだからね? それを陸上部ではない俺達がやるのは不可能だよ?


「やる前から諦めたらダメですよ! 〝勇也君。諦めたらそこで試合終了ですよ〟って偉い先生も言っていましたから!」


 時折楓さんから繰り出される無駄にクオリティの高いモノマネに思わず俺達は噴き出した。どこからそんな声を出しているのか不思議でしょうがない。


「もう、どうして笑うんですか!? 酷いですよ、勇也君!」


 ポカポカと背中に叩いて抗議してくる楓さん。ここでヨシヨシと頭を撫でたらまた二階堂に怒られるからそっと手を掴んで、


「そろそろ練習しようか、アンダーハンドパスは諦めて普通にやろう。それで十分だよ」

「は、はい……わかりました」


 ほんのり頬を赤くして俯く楓さん。よし、作戦通りこれで大人しくなったぞ。ようやくリレーの練習が始められるな。そうだ、大槻さんにお願いしてタイムを測ってもらおうか。どこにいるかなと探そうとしたら二階堂と目が合った。極寒のような冷たいジト目をしていた。


「な、なんだよ……?」

「別に、何でもないよ? 何をしてもすぐにイチャイチャを始めるメオトップルにイラっとしたとかないよ?」

「いや、本音駄々洩れじゃねぇか」

「フンッ。吉住なんか馬に蹴られればいいんだ! 秋穂! ごめん、タイム測ってほしいんだけどお願いしてもいいかな───!?」


 言いたいことだけ言って、二階堂は他のみんなと玉入れの練習をしている大槻さんの下へと小走りで駆けていった。


「勇也……ホント、ほどほどにしてね?」


 親友にもくぎを刺された。解せぬ。

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