スペシャルPV制作決定記念SS

「大変です、勇也君! 大変なことが起きました!」


 リビングでくつろぎながらテレビを見ていると楓さんが血相変えてやって来た。どうしたのと、尋ねるより早く、勢いよく俺の胸の中に飛び込んできた。すでにお風呂に入り寝間着姿になっているので布一枚越しに魅惑の感触が伝わってくるので、理性が暴走しそうになる。


「どうしたの、楓さん? 大変なことって何があったの?」


 俺は努めて冷静に尋ねた。実際のところは大したことじゃなくて、大方可愛い猫やらカワウソの動画を見つけたから一緒に見たくなったとかだろう。楓さんを膝の上に乗せてそういうのを見るとほっこりするんだよなぁ。


「確かに可愛い猫ちゃんとカワウソちゃんの動画がアップされていたので勇也君と一緒に見たいんですけど、今はそれどころではありません!」

「それじゃ本当に何があったの? 好きな漫画のアニメ化が発表されたとか?」


 先日、二人で一人の探偵で仮面のヒーローの漫画のアニメ化が発表されてテンションが上がったばかり。声は誰が担当されるのかなど、続報が楽しみだ。


「いいですか、勇也君。心して聞いてください。【両親の借金を肩代わりしてもらう条件は日本一可愛い女子高生と一緒に暮らすことでした。】のスペシャルPVの制作が決定しました」


 パチパチパチと満面の笑みで拍手する楓さん。だが俺はその言葉の意味をすぐに理解することは出来なかった。


「なん……だと? 楓さん、今なんて言いました? 俺の聞き間違いじゃなかったらPVって―――?」

「もしかしなくてもPVって言いました! しかも〝スペシャル〟が頭に付きます!」


 信じられない。開いた口が塞がらないとはこのことだ。そういう日がくればいいなと思っていたがまさか実現するとは思ってもみなかった。


「驚いていますね、勇也君。えぇ、わかりますよ、その気持ち。何を隠そう私も最初聞いたときはびっくり仰天しましたから」


 腕を組んでうんうんと物知り顔で頷く楓さん。びっくり仰天って久しぶりに聞いたな。もう死語じゃないか、それ?  


「ですが勇也君! 驚愕はこれで終わりというわけではありません! PVが作られるということは……そう、私達に声が付きます!」

「まぁそうだよね。数多くのPVがそうであるように、声がなかったら作品紹介できないからね。そ、それで……誰が担当してくれるか知っているんだよね?」

「えぇ、もちろんです! むしろ私は作者からいの一番に聞きました! あの人、涙を流して喜んでいました」

「まぁあの人の夢でもあったからな。そんなことより! もったいぶらずに教えてよ。担当してくださる声優さんは一体誰なんですか?」


 どうどうと逸る俺を宥める楓さん。そしてどこからともなくスマホを取り出すと何やら電話をかけ始めた。


「あ、もしもし。担当さんですか? あの話はしてもオッケーですか? あ、問題なし? わかりました、ありがとうございます!」


 どこかに電話をかけて何かの確認を取る楓さん。これ以上何があるというのだ。それに俺はまだ肝心なことを聞いてないんだが。


「勇也君、お待たせしました。気になるPVの内容について許可が下りたので発表しちゃいます!」

「うん、誰に確認をしていたのとか色々気になるところではあるけどあえて突っ込まないよ。というかPVなんだよね? わざわざ発表するほど珍しい感じなの?」

「フッフッフッ。聞いて驚かないでくださいね? なんと今回のPVは―――歌です!」

「……ん? ごめん、楓さん。今もしかして歌って言ったの? 歌ってソングのことだよね? 歌ってことはもしかして歌うのは───?」


歌って連呼しすぎてゲシュタルト崩壊しそう。でもそれくらい俺の頭は混乱していた。


「はい! もちろん歌うのは私と勇也君です!」


 満開の笑みで楓さんはそう言った。その言葉の意味を俺が理解するのに要した時間はたっぷり十秒。その間リビングに静寂が広がった。情報の整理が追いつかない。


「どうしたんですか、勇也君? 歌ですよ、歌! 私と一緒に歌うんです! どんな曲なのか楽しみですね!」

「よし、ちょっと待とうか。情報を整理させてくれ。その口ぶりだと曲は書き下ろしってこと?」

「はい! 勇也君の言う通り、このPVのために制作していただいたオリジナルソングになります!」


 驚きの連続で頭痛が痛いという重ね言葉が口からこぼれそうになる。俺のライフはもう枯渇寸前だが楓さんは追い打ちをかけるように、これまでは単なるジャブだったと言わんばかりの必殺の一撃を繰り出してきた。


「さて、大変長らくお待たせ致しました。お待ちかねの担当声優さんの発表のお時間です!」

「ハハハ……すでに色々お腹いっぱいだから驚かない自信があるよ」


 そう言う俺を見て、楓さんはまるで〝本当に驚きませんか?〟と言うかのように不敵な笑みを浮かべた。


「それでは発表します! 私こと、一葉楓の声を担当してくださる声優さんは―――東山奈央さんです!」


 楓さんの発言を聞き間違えたのではないかと自分の耳を疑うのはこれで二度目になるが、本当になんて言った? 大人気声優さんの名前が聞こえたんだが?


「安心してください。勇也君の耳は正常です。私の声を担当してくださるのは東山奈央さんです! 勇也君、やっはろー!」


 うん、その挨拶はすごく可愛いけど色々まずいと思う。


「そして、そして! 勇也君の声を担当していただくのは榎木淳弥さんです! このお二人による【両親の借金を肩代わりしてもらう条件は日本一可愛い女子高生と一緒に暮らすことでした。】のスペシャルPVを現在制作中です!」

「す、すごいな……月並みの言葉しか出てこなくて申し訳ないけど、本当に豪華ですごいな。これはPVというかアニメのオープニングと言っても過言ではないのでは?」

「はい。まさに感無量です。今後については随時情報を発信していきますのでお待ちください!」

「「今後とも【両親の借金を肩代わりしてもらう条件は日本一可愛い女子高生と一緒に暮らすことでした。】をよろしくお願いします!」」

 


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ここまでお読みいただきありがとうございます!

詳しくは近況ノートを投稿しましたのでそちらをご確認ください!


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