第67話:おかえりなさいのちゅーは?

 リビングでくつろぎながら俺は楓さんの帰りを待っていた。夕飯の買い物を済ませてから帰ってきたのだが、それでも俺の方が早く家に着いたのは意外だった。あの電話の後も楓さんはすぐには帰れなかったのか?


「……ただいまです、勇也君」


 ガチャリと扉が開く音が聞こえたので俺はソファから身体を起こして急ぎ足で玄関へと向かった。見るからに疲れた顔をした楓さんがいた。


「おかえりなさい、楓さん。カラオケは楽しかった?」


 はい、と力なく答えながら楓さんは靴を脱ぐとトコトコとひよこ歩きで俺に近づいてそのまま抱き着いてきた。驚きながらもしっかりと抱きとめて、頭をナデナデ。


「どうしたの、楓さん? もしかしてあの電話の後色々言われた?」

「はい……みんなにすごくいじめられました。このメオトップルだとかシュガップルとか新婚夫婦とか色々言われました。それもこれも勇也君のせいですよぉ」


 どうしてそれが俺のせいになるのだろうか。俺は別に何も変なことは言っていないはずなんだが。楓さんをヨシヨシしながら発言を思い返してみるがやっぱり思い当たる節がない。


「うぅ……やっぱり勇也君は天然さんです。何事もない風に私をドキドキさせる嬉しいことを言うのは反則です。一発レッドです。私だって勇也君のことをドキドキさせたいのに……」


 いや、楓さん。俺はあなたとこうしてハグしているだけで十分ドキドキしていますけどね。それにあなたが嬉しそうに笑う顔がすごく可愛いからそれを見ただけでもドキッとする。楓さんと一緒に暮らしていてドキドキしない時はない。


「……ねぇ、勇也君。お帰りなさいのちゅーはしてくれないんですか?」

「そ、それはまた唐突だね、楓さん」

「ねぇ、ちゅーは? ちゅーは? 勇也君ちゅーは!? 私は勇也君とちゅーがしたいです!」


 楓さんが腕の中で駄々っ子のように身体を前後に揺らし始めた。というか言動も突然重度な甘えん坊さんになっている。でもそれがまた可愛いのだけれど。


「わかったから暴れないで楓さん。おかえりなさい、楓さん。待ってたよ」


 腰に添えている腕に力を込めて楓さんの動きを封じてから、くいっと顎を持ちあげて俺は楓さんにキスをした。お互い味わうようにいつもより少し長めに唇を重ね合う。


「はぁぅ……勇也くん……大好きです」

「俺も、大好きだよ……楓さん」


 しばしの間時間を忘れて。俺と楓さんはいつかのように小鳥が啄ばむような愛おしさが溢れるキスを繰り返して幸福に身を委ねた。



 *****



 本日の夕飯は準備の時間もあまりないので手軽に作れる親子丼だ。鶏肉は安いし玉ねぎと卵さえあれば簡単に作れるからな。楓さんが帰って来る前での間に下ごしらえは終えてあるからあとは調理するだけ。


「うん! 相変わらず勇也君は味付けが上手ですね! 辛すぎず、甘すぎず、絶妙なバランスです! 何と言ってもこのふわふわとろとろの卵が最高です! ご飯が進んでしまいます!」

「ハハハ。楓さんが喜んでくれて嬉しいよ。でも食べ過ぎないように注意してね?」

「はい! 気を付けます!」


 なんて言いながら楓さんはモグモグと見ているこっちが気持ちよくなる食べっぷりを披露してくれる。これだけ美味しそうに食べてくれるならまた作りたくなるし、その満面の笑みを何度も見たいと思ってしまう。


「最近勇也君にご飯を作ってもらってばかりな気がします。私も作るので何か食べたいものがあれば言ってくださいね?」

「楓さんの喜ぶ顔が見られるからついつい作りたくなっちゃうんだよね。でも楓さんの手料理も食べたいし……そうだ! 今度一緒に餃子とか作らない? 一緒に作業するもの良いと思うんだよね。どうかな?」


 一度やってみたいと思っていたけど中々出来ない餃子づくり。それも一人で作るのではなく誰かと一緒にワイワイ騒ぎながら作りたいと思っていた。伸二や大槻さんを呼んで四人で餃子パーティーをするのも悪くないが、まずは楓さんと共同作業がやりたいな。


「いいですね! 二人の初めての共同作業というやつです! ぜひ一緒に作りましょう! 私の方が綺麗に包んでみせます!」

「俺だって負けないよ? どっちが綺麗に作れたか勝負だ!」


 どっちが餃子を綺麗に作れるか選手権の開催がここに決定した。審査委員は伸二と大槻さん。選手権当日にサプライズで二人に写真を送り付けて判定してもらうことになった。どうせメオトップルとか言われるだろうが知ったことではない。


「はぁ……お腹いっぱいで幸せです。このままベッドで寝てしまっていいですか? いいですよね?」

「お風呂に浸かって身体を温めてから寝たほうが気持ちよく寝られると思うけど?」

「あぁう……勇也君はスパルタです。わかりました。では勇也君、お先にどうぞ。私はまだしばらく動けそうにありませんから」


 試験勉強の疲れやカラオケでの精神的疲労のダブルパンチを食らって参っているのだろう。楓さんはソファに移動してへなへなと倒れこんだ。なんだか心配になるが大丈夫ですと手を振るので俺はそれを信じて風呂場へと向かった。

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