第101話:俺にとっての楓さんは……

 全てが突然でした。


 家に帰ったら両親が借金を残したまま消えていて、タカさんの所に引き取られそうになった時にすい星のごとく現れた女神様。


 驚いているところに桜子さんが現れて借金はきれいさっぱり清算されたと思ったらあれよあれよという間に話が進んで気が付けば楓さんと同棲することになっていました。


 俺にとって一葉楓という女の子は文字通りの高嶺の花でした。


 綺麗で。笑顔が可愛くて。さらに成績も優秀でまさしく非の打ち所がない完璧美少女。そこに日本一可愛い女子高生という肩書がついて高嶺の花から天上の女神へとジョブチェンジしたことで接点はないと思っていました。


 楓さんと一緒に暮らし始めたことでわかったことがあります。


 俺とは違う、どこか遠い存在だと思っていた楓さんも普通の女の子なんだって。なんでもないことで笑うし。毎日ようにからかってくるし、でもからかい返すと拗ねるし。誘惑してくるけど仕返しすると耐性がなくてすぐに照れて顔を真っ赤にする。本当にどこにでもいるような普通の女の子だったんです。


 でも……俺は楓さんから寄せられる気持ちにすぐに答えることができませんでした。俺の心の中には大切な人に……ずっと一緒にいると思っていた両親に捨てられたっていうトラウマがありました。だから好きになって、ずっと一緒にいたいと思ってもまた突然いなくなるんじゃないかって。だから俺は楓さんの気持ちから目を逸らしていました。


 そんな情けない俺を楓さんは支えてくれました。大丈夫、何処にもいかないから、離れないからと言ってくれた。その言葉に救われたし、この人なら大丈夫かもしれないと思ったら、どんどん好きになって……同時にこのままじゃいけないとも思いました。


 支えてもらいっぱなしじゃなくて、俺も楓さんを支えていきたい。楓さんのことを幸せにしたい。そのために頑張らないといけないと思いました。


 まだ未熟な高校生ですが楓さんのこと幸せにして見せます。だから―――!


「大丈夫。もう十分だ。勇也君の気持ちは痛いくらいにね。それだけ初恋の人に思われているなんて、私達の娘は幸せ者だな」

「そうね。まさかこんなに早く『娘さんを俺にください!』ってセリフを言われるとは思わなかったわぁ」


 一宏さんと桜子さんは感慨深そうな表情で見つめ合い、徐々にそれが崩れていってにやけた顔へと変化する。そしてその矛先は俺ではなく隣に座って顔を真っ赤にして俯いている楓さんに向けられる。


「よかったわねぇ、楓。大好きな勇也君が私たちに結婚の挨拶・・・・をしてくれたわよぉ? ねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ち?」

「いやぁ。楓の話していた通りだったな! とてもいい男じゃないか! 絶対に逃がしたらダメだぞ?」

「うぅ……勇也君のバカ……! なんですか、今のは!? 私を喜ば死させる気ですか!? うぅ……大好きですよぉ、勇也くぅん!」


 わずかに瞳を潤ませた楓さんが堪えきれずに俺に抱き着いてきた。しっかりと胸で受け止めて抱きしめる。耳まで真っ赤になっている。


「あらあら。勇也君に甘えちゃうの? 親を目の前にして勇也君に抱き着くなんて、楓も私と一宏さんのことを言えなくなっちゃうぞぉ?」


 さっきから桜子さんの楓さんへの煽りがひどい! と思ったら手にはビールが握られているではないか。酔うとめんどくさい人にジョブチェンジするのか。これは憶えておかなければ。


「勇也君、どうか楓のことをよろしく頼んだよ」

「―――はい! 楓さんは俺が必ず幸せにします!」

「フフッ。君と二人で男同士の話ができる日を楽しみにしているよ」


 楓さんが俺の身体をさらに強くギュッと抱きしめる。それを見てまた桜子さんが人の悪そうな笑みを浮かべ、一宏さんは大笑した。俺も段々恥ずかしくなってきた。


「か、楓さん。そろそろ離れてくれないかな?」

「……嫌です。離れません。勇也君に今の私の顔を見られるわけにいきません」

「いや、そんなことを言われたらむしろ気になるんだけど?」

「ダメです。勇也君の気持ちが聞けてすごく嬉しくてニヤニヤが止まらないんです。顔も熱いし、そんな恥ずかしい顔を見られたくありません」


 そんな風に言われたら何だか俺も照れてくるんだけど。あとそんなことを言ったら桜子さんと一宏さんがどんな顔をすることか。


「もう、楓ったら勇也君にべったりしちゃって。なんだか焼けちゃうわぁ。私も一宏さんにべったりしてもいいかしら?」

「ハハハ。やぶさかでないけれど、それは帰ってからのお楽しみということで。ここは勇也君と楓の愛の巣だからね。二人の邪魔をしないようにそろそろ帰ろうか」

「そうです! これから勇也君とイチャイチャする時間なんです! 用が済んだら帰ってください! お寿司ごちそうさまでした!」


 照れ半分ヤケクソ半分の割合で目の前で再びストロベリーワールドを展開しようとする両親に対して抗議する楓さん。というかしれっと俺とイチャイチャするって言っていたけど、梨香ちゃんがいてできなかった分を取り戻すつもりじゃあるまいな?


「楓。イチャイチャするのはいいけどちゃんと着けるのよ? 流れに身を任せてはダメだからね?」

「そのあたりはぬかりありません。ちゃんと準備していますから」


 うん、何を用意しているかを聞くのは野暮だな。というかそういうことは楓さんではなく俺に言うものじゃないのか? というか楓さん、いつ用意したの?


「そう、ならいいわ。勇也君、不束な娘ですがどうかよろしくお願いね」

「は、はい。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

「フフッ。ほんと、あのバカ野郎の息子とは思えないくらいしっかりしているわね」

「ハハハ……まぁ、ダメ人間のお手本のような人でしたから。反面教師にはもってこいでしたよ」


 それもそうね、と苦笑いする桜子さん。それにつられて俺も笑うが、その様子にご立腹なご様子なのは我が姫。非常にわかりやすくフグのように頬を膨らませている。


「これ以上勇也君と話していると何をされるかわからないわね。一宏さん、そろそろ帰りましょうか」

「そうだね。でもその前に。勇也君、一つだけいいかな?」

「? はい、なんですか?」

「君なら大丈夫だと思うけど……初めては優しくするんだよ? それとちゃんとごm―――」

「お義父さ――――ん!! それ以上は言わせませんよぉ!? というかわかっていますから! えぇ、わかっていますから口にしないでくれますかねぇ!」


 ほんと、困ったご両親だ。だけどいつか。俺もその一員になりたいと思った。

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