第100話:義父からの問い
さて、家に集合したのはいいがどこで夕飯を食べるのかという問題が発生するが、なんと一楓さんのお母さん―――桜子さん―――がお寿司の出前を頼んでいた。うわぁ、もう見ただけで美味しいとわかるネタの数々。これが海鮮の宝石箱か。
「遠慮はいらないよ、勇也君。たくさん食べてくれたまえ」
開幕早々に衝撃的な質問をぶつけてきた楓さんのお父さんこと一宏さんが笑顔で勧めてくる。お言葉に甘えていいのか、それともやはり自重した方がいいのか悩んでいると、楓さんが容赦なく真鯛の握りをヒョイと箸でつまんで口に放り込んだ。
「んっ……勇也君、気にすることありませんよ。むしろ遠慮しないでじゃんじゃん食べてください。私達はいきなりイチャイチャを見せつけられた被害者なんですから」
ぷんすかしながら今度はアジに手を付ける楓さん。食べるペースがいつもより数段早い。そんな調子で大丈夫か? お腹いっぱいになってマグロとか食べられなくならないか?
「大丈夫です、問題ありません。私のことは気にせず勇也君も食べてください。まったく。どうして初対面の勇也君の前で夫婦の営みの話をするんでしょうか。信じられません」
「あら、別にいいじゃない。それだけ私と一宏さんがラブラブだって証拠でしょう?」
「ラブラブなのはいいことです。ですが節度を保ってください、節度を。勇也君がびっくりしてひいちゃったら大変じゃないですか」
それを言うなら楓さんの同棲したいっていうわがままをノリノリで叶えちゃった時点でだいぶひいているから安心してほしい。とはいえ突然甘々な大人な世界を展開されたときは度肝を抜かれたが。
「そういう楓はどうなんだい? 勇也君とイチャイチャしているんだろう? どんなことをしているのかぜひ聞かせてほしいね」
お義父さん!? あなた、自分が今何を口にしたか理解しておいでですか!? 桜子さんもどうして興味津々みたいな顔をしているんですか!? 楓さんはついにマグロに手を出してもぐもぐ、ごくんとしてから熱い緑茶を一口飲んでからわざとらしくため息をついた。
「仕方ありませんね。どうしても聞きたいというならお話ししましょう! まずよくするのが混浴ですね! でも勇也君はこう見えて恥ずかしがり屋さんなのでいつもスクm―――」
「ストーーーーープ!! それ以上は言わせねぇよ!」
得意げな顔していきなり何を言い出すんですかねぇ、この人は!? まさか自分の親に一緒にお風呂入るときは彼氏が恥ずかしがり屋だからスク水着てるの! ってありのままを暴露する気じゃないだろうな!?
「むぅ……それならこれはどうですか? 勇也君は意外とマッサージが上手なんです! 的確に私の気持ちところを揉んでくれるんです! すごく気持ち良いです」
言い方ぁ! 言い方がそこはかとなくエロい! 蕩けたような声音も思い出してうっとりとした表情もわざと作っているな!?
「それとそれと……これは私だけが知っていることなんですけどね。フフッ。勇也君、耳舐めに弱いんです! すぐに蕩け顔になって可愛い声で鳴くのでもうほんと……最高です」
か・え・で・さ―――ん!? あなたは本当に何を考えているんですかねぇ!? ほら、一宏さんと桜子さんの俺を見る目が意外そうなものに変わっているじゃないか!
「へぇ……勇也君は耳が弱いのか。でも、いいよね、耳舐めは。僕も好きだよ」
「一宏さんの弱点と似ているなんて意外だわ。それなら楓、今度私が色々教えてあげるわよ。とっておきのやり方をね」
おかしい、やっぱりおかしいぞこの家族。一宏さんが同志と出会えたことを喜ぶようにウィンクを飛ばしてくるし、桜子さんは楓さんと密談を始めた。きっと内容はどういう風にしたら俺が悦ぶかとかだろう。怖い。
「それにしても……安心したよ、勇也君。楓と上手くやれているようだね」
今夜以降は楓さんから耳を死守する日々が始まるな、などとくだらないことを考えていたら一宏さんがそう言った。その声には安堵が混じっていて、表情も柔らかい。それは楓さんが時折浮かべる柔和な笑みにどこか似ていた。
「勇也君。君にどうしても聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「……? はい、なんでしょうか?」
改まってなんだろう。だが一宏さんから発せられる空気がお気楽モードから厳格モードへと一瞬で切り替わった。俺は思わず背筋を伸ばして言葉を待つ。
「君のことは楓から色々聞いているよ。そしてこのわずか時間を見ただけで君が楓と仲良くやれていることはわかった。それは父としてとても嬉しく思う。でもだからこそあえて聞かせてほしい」
一度言葉を切り、一拍置いてから一宏さんは俺に尋ねた。
「勇也君、君は楓のことをどう思っているのかな?」
その眼差しはさながら抜身の刀身のようで。
だがこの威圧に負けるわけにはいかない。俺は深呼吸をしてから言葉を紡いだ。
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