番外編:今日は何の日? ウサギの日!

 ある夏の昼下がり。俺は親友の伸二と並んでベンチに座って水分補給しながらグランドを眺めていた。


「今年はいい線いけるかもね。みんなやる気満々だし。これも全部勇也の力じゃない?」

「いや、それは正確じゃないな。俺の力じゃなくて俺の応援に来る楓さんの力だな」


 それもそうだね、と笑う伸二に手刀を落としながらグランドに目を戻す。一年生メンバーと二、三年生メンバーが紅白戦をしている。ちなみに俺と伸二は途中交代済み。


「お前たちがピッチに立つと試合にならない!」


 監督からありがたいお言葉をもらい、前半でめでたく交代となりました。なんだよ、俺たち黄金コンビに暴れさせてくれてもいいじゃないかと恨めしい視線を送ってみても監督はどこ吹く風だ。くそがぁ。


「まぁまぁ。いいじゃないか。僕たち以外も入れ替わっているんだから、監督なりの配慮だよ。炎天下の中でずっと走り回るのは色々危ないからね」


 伸二の言う通り、さすがにこのクソッたれな暑い日差しの中で一試合を行うのは熱中症になったり脱水症状に陥る可能性があるからこれは妥当な判断だろう。まぁそのおかげで俺たちはこうして休むことができるわけだが。


「それより。昨日はどうだった? 一葉さんのことだから色々してきたんじゃない?」

「? 昨日? いや、特に何もなかったけど……あぁ、そういうことか。いや、特に何も。残念なことにな」


 楓さんのことだからそういうことを仕掛けてきそうなものだったけど悲しいかなそういうことは特になかった。大方昨日になって気が付いて慌ててネットでポチッとしたけど到着は間に合わなかったというところだろう。楓さんらしい。


「そういうことなら家に帰ったらバニーガールにお出迎えされるんじゃない?」

「ハハハ。いくら楓さんでもさすがにそれはないって。あり得ないよ」



 *****



「勇也君、お帰りなさい!」


 伸二、今日からお前のことを一級フラグ建築士と呼ぶことにしよう。


「どうしたんですか、勇也君? あっ、もしかして見惚れちゃいましたか? 見惚れちゃいました?」

「……それはもちろん。綺麗で可愛くて自慢の彼女がバニーガールの格好をしているだからね。見惚れないわけないでしょう」


 汗だくになって帰宅した俺を玄関で出迎えてくれたのはもちろん楓さんなのだがその格好がなんと驚きのバニーガール。


 王道の黒のレオタードにすらりと伸びる足を覆うのは肌チラチラと見える同じく黒の網ストッキング。楓さんのメリハリのあるボディラインが際立っており、そのたわわな果実が創る谷間はまさに魅惑の空間だ。しかも少し前かがみの姿勢で誘惑してくるのものだから俺の理性は今すぐにでも裸足で逃げたいと訴えている。


「それで、見惚れちゃった勇也君はこの可愛いウサギさんをどうするんですか? どうしえてくれるんですか?」


 前傾姿勢なだけでも勘弁してほしいのにこのバニーガールさんは何が楽しいのか俺の周りをくるくると回りだした。なんだろう、この愉快で可愛い生き物は。抱きしめていいのかな?


「フフッ。さぁさぁ、バニーガールさんをどうします? ナニします? ナニしちゃいます?」

「それじゃ……お言葉に甘えて。ただいま、楓さん」


 可愛いウサギさんの細腕を捕まえてそっと抱き寄せる。そしてそのまま目を閉じて、いつものようにキスをする。


「―――んっ。えへへ。おかえりなさい、勇也君」

「ただいま、楓さん。もう、なんでいきなりウサギさんの格好なんてしているのさ? びっくりしたじゃないか」

「勇也君を驚かせることができたなら大成功です! それで、改めてどうですか? 可愛いですか?」

「いや……どうもなにも滅茶苦茶似合ってる。何なら今すぐ狼になって食べちゃいたいくらい似合ってるよ」

「やりましたぁ! そしたらあれですね、今夜は寝かさないぜ! ってやつですね! バニーさんの日は最高ですね!」


 いや、違う。間違っているよ、楓さん。寝かさないのは俺ではなく楓さんの方だ。寝かしてほしいのにいつも寝かしてくれないじゃないか。


「フフッ。それじゃ、今夜は狼さんに変貌する勇也君に期待して……お風呂にします? ご飯にします? それとも……わ・た・し?」

「もちろん楓さんで。と言いたいところですが先にお風呂にします。さすがに汗だくで気分悪いから」

「それじゃ部活で疲れている勇也君のお背中を流しますね! このままバニーさんで洗ってあげますね!」


 いや、そこは普通にいつものようにスク水でお願いできませんかね? それじゃバニーさんの衣装はどうするかって? そんなの―――って言いませんよ!? そんなことより大事なことは言わないと。


「ところで楓さん。一つだけいいかな?」

「はい、なんですか?」


 ギュッと抱き着いたまま、コテンと小首をかしげた上目遣いで俺のことを見つめてくるバニーな楓さん。普段と違うから可愛さの破壊力が段違いだが、俺は覚悟を決めて尋ねた。


「楓さん、バニーの日は昨日ですよ?」

「…………てへっ」


 可愛いから許すことにした。


 そんな8月3日の甘い夜でした。

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