第102話:嵐の後に待つのは甘い夜
楓さんへの気持ちをぶつけた後は穏やかで楽しい食事会となった。楓さんが学校での出来事や課外合宿で星空の下で告白したことを赤裸々に語ったり。俺は顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
そろそろお開きが近づいたころ。お茶をすすりながら桜子さんが何かを思い出したような顔になった。何か大事なことなのだろうか?
「そうそう! 四月からあなた達の通っている明和台高校に宮本さんの娘さんが入学するから仲良くしてあげてね」
宮本さんに娘さんがいたのか。しかも今年の春には俺たちの後輩になるのか。それは初耳だな。あれ、なんか楓さんの表情が浮かないんだけど、どうかしたの?
「いえ……そうですか。
「え? 厄介? 何それ、すごく気になるんだけど!? どういうことか教えてよ、楓さん」
しかし俺の質問に対して楓さんは眉根を寄せて思案顔をして唸るばかり。見かねた桜子さんが苦笑いしながらそのわけを教えてくれた。
「フフッ。宮本さんの娘さんの結ちゃんはね、楓のことが大好きなのよ。歳も近いから実の姉のように慕っていてね。楓が勇也君とお付き合いしていることは多分知らないだろうからきっと大変なことになるわよ」
桜子さん、なんですかその新しいおもちゃを見つけたような人の悪い笑顔は。
「あぁ、残念だが勇也君。桜子さんの言う通り間違いなく大変なことになるから覚悟しておきなさい」
一宏さんまで!? 瞑目してうんうんと頷かないでください! なんで手を合わせて拝むんですか!? 不謹慎ですよ! というかそこまで強烈なんですか、宮本さんの家の結さんは!?
「一言でいえばくっつき虫ですね。小さい頃は私にくっついて離れませんでした。見かねた宮本さんが中学は別々になったんです。多少落ち着いていればいいんですけど……こればっかりは直接会ってみないとわかりませんね」
なるほど。つまりは小学生のころまでは一緒の学校に通っていたけどあまりの距離の近さを見かねた宮本さんが中学は別の所入学させたと。けど高校は阻止できなかったと。でも楓さん大好きっ子が直っているかはわからない。そういうことか。
「勇也君に噛みついたりしなければいいんですけど……まぁもしそんなことをしたら私が鉄拳制裁しますから安心してください!」
「……もしかして俺は物理的に噛みつかれる? あぐってされるの? それを楓さんが制裁? 何それ怖いんだけど……」
「大丈夫です! そうなる前に結ちゃんには『あなたのお兄さんだよ!』って勇也君を紹介しますから!」
うん、それは火に油どころか一斗缶ごと放り投げる行為になるんじゃないかな? 大炎上しそうな予感がする。
「まぁなんにしても。四月からは結ちゃんを頼んだわよ、楓。勇也君もフォローしてくれたら助かるわ」
「もちろんですよ、桜子さん。宮本さんにはお世話になっていますから、俺にできる範囲でフォローします。任せてください」
「本当に、勇也君は頼もしいわね。安心して楓を任せられるわ。ねぇ、一宏さん」
「うん、まったくもってその通りだ。勇也君は良き夫、良き上司になりそうだ」
そういって呵々大笑する一宏さんと桜子さん。楓さんだけはどこか釈然としないご様子だ。どうしたんだろう?
「……勇也君は私の未来の旦那さんです! 誰にも渡しません!」
頬を風船のように膨らませながら叫ぶ楓さん。どうやら俺は彼氏から旦那にジョブチェンジしたようだ。
*****
「今日は突然すまなかったね。でもすごく楽しい時間だったよ」
「勇也君の楓に対する気持ちを聞いて年甲斐もなく感動したわ」
時刻はまもなく22時を迎えるところ。俺と楓さんはまだ春休みだからいいが、一宏さんと桜子さんは普通に仕事がある。これ以上の長居はできないということで宮本さんの運転で帰宅することになった。
「夜は長いからね。この後は若い二人だけの時間をたっぷり過ごしてくれたまえ。老兵はただ去るのみだ」
「あら、一宏さん。私達だってまだまだ現役じゃないかしら? 今夜は寝かしませんよ?」
「アハハ。それはちょっと勘弁してくれないかな、桜子さん。明日は大事な会議があるんだけど……」
「私より会議を取るというのかしら? 一宏さんたらひどい。私泣いちゃうわ」
またしても玄関で始まった二人のイチャイチャに俺の腕にくっついている楓さんの額に青筋が浮かび上がる。
「お父さん、お母さん、いい加減にしてください! そういうことは家に帰ってからにしてください! 私は一刻も早く勇也君とイチャイチャしたいんです!」
火山が噴火したが口にした内容は煩悩にまみれているからご両親と大差ない。むしろイチャイチャしたいと直接口に出している分、ストロベリー感は楓さんの方が強い。そして、そんなことを言えばこの二人がどんな反応をするかは火を見るよりも明らかだ。
「そうだな。あんな風に熱い思いを吐露されたんだ。楓も勇也君とイチャイチャしたいよな! よし、桜子さん。邪魔者はさっさと帰ろう!」
「そうね! 若い二人の初めての夜の邪魔をこれ以上するわけにはいかないわね!」
最後はなんともまぁ締まらない、ニヤニヤした顔をしながら二人は帰っていった。来るときも来る時なら帰るときも帰るときで嵐のように慌ただしかった。けれどこれでようやく長い一日が終わった。
「いいえ、勇也君。まだ終わっていませんよ」
楓さんはギュッと俺の腕を抱きしめて潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
わかっている。言いたいことは言わなくても。前々から宣言していた、俺なりのけじめ。それが今日済んだのだから、楓さんの気持ちに改めて答えよう。
「……愛してるよ、楓。誰よりも、あなたのことを」
腰に腕を回して抱き寄せて、思いを込めた優しいキスをする。
唇を重ねているだけで幸せな気持ちで満たされていく。だがその気持ちは次第に楓さんをもっと感じたい、一緒になりたいという愛欲へと変化していく。そう思ったのは俺だけではないようで―――
「……勇也君、私も……誰よりもあなたのことを愛しています」
俺の胸に顔を押し付けて、消え入りそうな声で楓さんは言った。同じ気持ちであることが嬉しく、さらに強く抱きしめる。絶対に離さない。
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