第97話:どんな服装がいいの!?
俺はリビングのテーブルに突っ伏していた。梨香ちゃん達を見送った後、楓さんのもとにかかってきた一本の電話。そして告げられた、楓さんのご両親の来訪話。しかも明日でこれは決定事項とのこと。つまり俺の命は明日までってことだ。
「もう、大袈裟に考えすぎですよ、勇也君。気楽にいきましょう、気楽に!」
楓さんは笑いながら俺の肩を叩くが残念なことに、「そうだね、気楽にいこう!」 と言えるほど俺の神経は図太くはできていない。
「大丈夫ですよ。お母さんも一緒に来ますから、何かあったらフォローしてくれますから。それに、仕事ではどうかわかりませんけど、お父さんが家で怒ったところを私は一度も見たことありませんから」
それは果たして安心材料になるのだろうか。いや、ならない。なぜなら楓さんは一葉家の大事な一人娘だ。そんな可愛い我が子がどこぞの馬の骨とも知れない同級生男子と一緒に暮らしているのをどう思っているのか。考えるだけで恐ろしい。
「そんなことありませんよ? 前に言いましたよね? 勇也君と一緒に住みたいっていう私のわがままをお父さんとお母さんはすごく喜んだって」
そうだった。今こうして楓さんと一緒に暮らしているのは楓さんのわがままだ。そもそもはクソッたれな俺の父さんが膨大な借金をして、それを旧友の楓さんのお母さん―――桜子さんに泣きついたことが始まりではあるだのが。
助けるつもりのなかった桜子さんを説得したのが楓さんであり、初めてのわがままに歓喜したご両親によって俺は助けられて気づけば同棲することになったのだ。
「ですから、今更勇也君のことをどうこう言うことはないと思います。むしろ、何か言うことがあるなら私がしっかりと言い返しますので安心してください」
グッと両こぶしを握り締める楓さんはすごく心強かった。俺はゆっくりと身体を起こし、その頼もしい手を包み込むようにしてとった。
「ありがとう、楓さん。俺も頑張る」
「フフッ。その意気ですよ、勇也君。大丈夫です。結婚のための挨拶は誰もが通る道です。最悪一発殴られれば万事解決ですから!」
「……痛いのは勘弁してほしいなぁ」
その口ぶりだと一発殴らせろ! な展開になる可能性もあるということですね!? そうなんですね、楓さん!
「……大丈夫ですよ、多分、きっと、maybe、そんなことにはならないと思います。お父さんは虫も殺せないくらい優しいですから」
「目を逸らさずに言ってくれたらまだ安心できたんだけどなぁ……」
つまり、俺の不安はますます増大しただけだった。
だからと言ってこれ以上うじうじとしていても始まらない。第一印象ですべてが決まるというし、楓さんのお父さんに少しでも俺がふさわしい男であると思ってもらえるように最善を尽くさなければ。
「会う時の服装はやっぱり正装がいいよな。でもスーツなんてもってないぞ!?」
スーツが必要になるのはせいぜい大学に入学する時かもしくは成人式の時だと思っていたから油断していた。
「そこは制服でいいと思いますけど、そんな気にしなくてもいいんですよ?」
「制服か。うん、そうしよう! あっ! シャツにアイロンかけないと! いや、その前にクリーニングか!? どどどどうしよう楓さん!」
「勇也君、落ち着いてください。シャツは洗濯してアイロンをかければ大丈夫です。それにどうせお父さんはラフな格好で来ると思うので気にすることはありませんよ」
そうだろうか。そんなこと言ってスーツにネクタイを締めた完全正装で来られたら俺は委縮して口から魂が飛び出るぞ?
「もう。そこまで言うなら明日セットアップを買いに行きますか? 私が見繕ってあげますよ?」
「本当!? それはありがたい! よし、明日の朝一で買いに行こう!」
これで首の皮一枚繋がったぞ! ついでに菓子折りも用意しないといけないし、朝から忙しくなりそうだ。
「でも明日買ってすぐに持って帰れるとは限らないんですけどね……」
楓さんが何かとても大事なことを言ったような気がしたがそれ以上に明日の一大事をどう乗り切るかを考えることに俺は頭が一杯だった。
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