第24話:2月のイベントと言えば!?

 突然だが。2月にある最大のイベントは何を想像するかと言われたら一つしかないだろう。そう、バレンタインだ。お菓子メーカーの陰謀とか、もらえない男にとっては血を見る日だとか色々ある一大イベント。


 楓さんと一緒に登校するようになって今日で三日目の週半ばの昼休み。早くも日課となりつつある伸二と大槻さんを交えた四人で教室で昼飯を食べていた。


 人の噂も七十五日とはいかず、相変わらず腕を組んでいればざわつく上に奇異や嫉妬の視線はひしひしと感じる。だがその対象は必ずしも俺だけではない様で。


「やはり勇也君ファンはいたようですね。私を睨む女子生徒が何人かいます……」

「それはさすがに気のせいじゃないか? 俺はどちらかと言えば目立たない方だぞ?」


 俺は汗と泥にまみれたサッカー小僧だ。クラスではいつも伸二と一緒にいるから他のワイワイ女子と騒いでいるグループとは遠い。女子との交友関係も伸二を介して大槻さんくらいなもの。そんな俺に人気がある? 冗談だろう?


「もう……これだから勇也君は……あなたはもっと自分の魅力を自覚するべきです。いいですか。勇也君の在り方はとても素敵なんです。一つのことにひた向きになる姿、愚直に努力する姿勢、諦めない心。時折みせる何気ない優しさ。顔がいいとかそんなことよりも、勇也君の内面はとても素敵なんです。それに惹かれる女性はたくさんいることを自覚してください」

「は……はい。わかりました」


 ビシッと指を刺されながら力説されました。そういうものなのだろうか。楓さんがそう言うのだからきっと間違いではないのだろう。というか改めてまた言われるとすごく恥ずかしい。俺は思わず目をそらした。


「むぅ。どうして目を逸らすんですか? 大事な話をしているんですよ? ちゃんと目を見て下さい」


 頭を掴んで動かして無理やり目を合わさせようとしないでくれ! 俺は首に力を入れて必死に抵抗するが、楓さんはますますむきになって頬を膨らませながら頭を動かそうとする。助けてシンジモン!


「ねぇ、シン君。止めてあげたら? ヨッシー困ってるよ?」

「いや、これはこれで面白いから放っておこう。我に返った一葉さんがどんなリアクションするか、秋穂も見たくない?」

「あぁ……それは見たいかも。楓ちゃん、大胆なんだか間抜けなんだかわからないから。天然ってすごいよね」


 おい、そこのバカップル! 傍観してるんじゃない! 確かに楓さんが我に返って顔を真っ赤にするのを見るのは俺も好きだけど、今はそういうことを楽しみにする場面じゃない! 


「抵抗……しないで……下さい! それとも勇也君は私の目を見て話せないんですか? 話したく……ないんですか?」

「そんなことない! ただ、あのですね、楓さん。俺の顔をぎゅってするのは止めてもらえませんか? なんて言うか……恥ずかしい」


 楓さんが泣きそうな声を出すから俺は反射的に目を見て否定した。この行動は彼女にとって不意打ちであり、むきになって気付いていなかっただろうが、顔との間に距離はほとんどない。


「あっ……あの、これはですね……えっと……その―――」

「目を見て話すのが嫌とかじゃなくて、いきなり素敵とか色々言われて恥ずかしかっただけだから。誤解しないでほしい」

「は、はひ……わかりました……」


 伸二。二代目バカップルの誕生だ、って呟いているけどしっかり聞こえているからな? 俺達はまだこれでも付き合っていないからな? 


「はいはい。ヨッシーもその辺にしておいてさ。ねぇねぇ、楓ちゃん! 楓ちゃんは来週のバレンタインはどうするか考えてる?」


「もちろんです。勇也君に食べてもらうチョコレートケーキを週末に作る予定です」


 この話をしたのは実は昨日の夜だ。翌週に控えており、何が良いかと楓さんに聞かれたので何気なくケーキがいいかなって呟いたらそう言うことになった。いや、ケーキって簡単に作れるものなのか?


「ほへぇ……私はケーキなんて作れないやぁ。すごいね、楓ちゃん」

「いえ。勇也君が食べたいって言ったので望みは叶えたあげたいなぁって思っただけですよ。私も初めてなので失敗しないか不安で……」


 無理して作らなくてもいいと言ったのだが楓さんは何事も挑戦ですと言って折れなかった。なら俺に出来ることは彼女が作ったケーキを残さず全部食べることだけ。それが楓さんの頑張りに報いるということだ。


「勇也、愛されてるね」


 うるさい。お前に言わるとなんだか腹立つ。あれか、彼女いる歴の先輩としての余裕か? 彼女いない歴を一応継続中の俺に対する嫌味か?


「そうだ! 週末楓ちゃんの家で一緒にチョコレート作りするのなんてどうかな!? どうせ私達は義理チョコも友チョコも作らないんだし、それなら作ったその日に食べてもらうのがいいと思わない!」


 思いません! 大槻さん、滅多なことを言うんじゃありません! 楓さんの家でチョコレート作りをするということはすなわち俺と楓さんが一緒に住んでいることがばれるってことになる。楓さんの失言から気付かれている可能性はあるが確信されるわけにはいかない。


 俺は楓さんにアイコンタクトを送る。


 わかっているよね、楓さん。 断るんだよ?


 わかっていますよ、勇也君。私に任せて下さい。


 ふぅ。これで一安心だ。


「いいですね、チョコレート作り。ぜひ一緒に作りましょう」

「わぁい! さすが楓ちゃん! 話がわかるぅ!」


 おぉい!? どうしてそうなった!? ここは断るところだろう!? それなのにどうしてやりました、みたいな顔でサムズアップしているんですかね!? 違うな、間違っているぞ、楓!


「そう言うことなら、僕も一葉さんの家に行っていいのかな? その日の夜はみんな・・・でご飯かな?」

「そうですね。勇也君たちが部活でいない間にチョコを作っておいて、夕飯を用意して待っていますね。リクエストがあれば言ってください」

「はい! はい! ハンバーグがいいですっ! 楓ちゃんお手製のハンバーグが食べたい!」

「フフッ。わかりました」


 俺に割り込む隙は与えないとばかりに話がどんどん進んでいく。あぁ、お仕舞だ。同棲が二人にばれる。


「楽しみだね、勇也」

「…‥あぁ、そうだな」


 親友の確信犯的な笑顔がやけにむかついた。

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