第49話:帰りのバスは一緒です

 帰りのバスの中は行き以上に騒がしくなっている。帰るだけとあって皆元気が有り余っているのとこの合宿で何があったとかを語り合っていることもある。


 ちなみに俺は行きの時にはなかった様々な感情が込められた視線を背中に感じていた。それは何故か―――


「フフフ~。帰りは勇也君と隣の席になれて嬉しいですっ!」


 この言葉からもわかるように楓さんが俺の隣に座っているのがその理由である。席は俺が窓側で楓さんが通路側。ちなみに伸二は反対側の座席に一人で座っている。


 どうしてこういうことになったかと言えば答えは単純で、買い物に時間をかけすぎてしまったためだ。


 楓さんのご両親へのお土産選びやぬいぐるみの配送の手続きを終えた時には集合時間ギリギリ。慌てた俺達は手を繋いでいることも忘れて仲良く1年4組のバスに乗り込んでしまった。


 息を切らしながら俺と楓さんは当たり前のように空いている席に座ったのだが、当然担任はあきれ顔。しかしクラスの違う楓さんを戻している時間も勿体ないということでこのまま出発することになったのだった。


「楽しかったですね、課外合宿。来年の冬休みは絶対にスキー旅行に行きましょうね! 勇也君とまた滑りたいです!」

「そうだね。来年の冬はもっと滑れたらいいね。楓さんなら難しいコースでも行けそうだからカッコいいところを見せてね?」


 毎年家族でスキー旅行に行っているだけのこともあり、楓さんの腕前はかなりのもので、その滑る姿は思わず見惚れてしまうほど美しかった。インストラクターの先生も絶賛していた。今度行くときはカメラ持参だな。


「それなら勇也君のこともたくさん写真撮らせてもらいますからね? 転んで照れている可愛い顔は何としてでも写真に収めないと!」


 いや、そんな間抜けなところは撮らないでくれ。どうせ撮るならカッコいいところを写真に収めてくれよ。まぁそんなところはスキーでは皆無だけど。


「いいじゃないですか。慣れないのに一生懸命頑張っている勇也君はすごくカッコいいと私は思いますよ? そう言うところが私は大好きですから、記念に収めるのはいけませんか?」


 フフっと笑いながら楓さんはコテンと俺の肩に頭を置いた。まったく、そんな風に言われたらダメなんて言えるはずがないし、加えてはにかんだ笑みを向けられたら拒否権を行使することはできない。


「楓さんの好きにしてくれ……そんな可愛い顔を向けられたら俺がダメなんて言えるはずないじゃないか。反則だよ……」


 なんならその微笑みこそ写真に収めてスマホのメイン画面に設定したいくらいだ。そうだ、この体勢のままインカメラでツーショット写真を撮ればいいんじゃないか?


「そ、それはダメです! バスの中で写真を撮るのはさすがにどうかと思います!! マナー的に! マナー的に!」


 大事なことだから二回言いました! と頭を起こしながら楓さんは言い訳するがそんなことはない。周りを見ればみんな思い思いに写真を撮っているぞ。


「なんなら僕が撮ってあげようか? その方がしっかり撮れると思うよ?」

「ひひ日暮君まで何を言っているんですかぁ!?」

「よし、頼んだぞ、伸二!」


 ほいっとスマホを伸二に投げ渡し、俺は楓さんを後ろから抱きしめながら彼女の肩に顎を乗せる。楓さんの顔から耳まで一瞬で紅葉色に変化する。


「ゆ、ゆうやきゅん!!??」

「はい、チーズ」

「っえ!? 日暮くん!? このタイミングで撮るんですかぁ!?」


 よくやった伸二! 楓さんが驚いた瞬間を逃さずシャッターを押したのはまさにパーフェクト! これ以上ないくらい可愛い一枚だ!


「うん、我ながら一葉さんの慌てふためている顔がしっかり撮れていると思うなぁ。どうする勇也? もう一枚くらい撮っておく?」

「撮り直しましょう! 今度はちゃんとするのでもう一枚撮りましょう! いいですよね、勇也君!?」

「もちろん。伸二、頼む」


 はいはい、と苦笑いしながら伸二は再びカメラを構える。俺は楓さんをもう一度しっかりと抱きしめる。不意打ちに驚いた先ほどとは違い、楓さんは俺に身体を預けて頭をコツンとぶつける。その顔にはまだ赤みはあるがとても穏やかだった。


「はい、チーズ」


 伸二が撮影したこの二枚目に写っている俺達は自分で言うのもあれだがとても幸せそうだ。


「勇也君。この写真後で送ってくださいね?」


 少し照れながら楓さんは言った。もちろんと俺は答えてまた彼女を撫でる。もう、口を尖らせるが心地よさそうにする楓さんが愛おしくてたまらない。


「アハハハハ……助けて秋穂。僕、糖尿病になっちゃいそう……」


 伸二の乾いた笑いは聞こえないふりをした。

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