第133話:悔しいですっ!
「く―――や―――し―――い―――!」
最近似たような光景を見た気がするなと妙な既視感を覚えながら、俺はテーブルを叩いて悔しがる楓さんに食後のお茶を渡してイスに座った。
球技大会初日。我らが二年二組は男女ともに順調にトーナメントを勝ち進み、明日の準決勝にコマを進めることが出来た。だから悔しがる要素はどこにもないのだが、楓さんは帰宅してからずっとこんな感じだ。
「哀ちゃんにいいところ全部持っていかれました! なんなんですかあの超絶プレイの連発は!? 青〇君ですか!? それとも黄〇君!? キ〇キの世代もびっくりぽんですよ!」
漫画に朝ドラと情報量が多いな。まぁそれくらい今日の二階堂の動きは神がかっていたから混乱するのも無理ないか。初戦を観戦していた俺や伸二、大槻さんも終始興奮しっぱなしだった。
「勇也君の声援も途中からずっと哀ちゃんでしたし……私だって頑張ったのに……しかも試合後にはあんなことを……」
「いやいや!? 試合後にしたのはハイタッチだよね!? それ以上のことはしてないよね!?」
その後楓さんともハイタッチしたし、なんなら「頑張ったね」って頭ナデナデもしましたよね!? おかげで伸二と大槻さんには呆れられ、二階堂からは極寒の視線を浴びせられたけど。
「うぅ……試合での活躍ばかりか勇也君とのファーストハイタッチも哀ちゃんに獲られて私のライフはもうゼロです」
バタンとテーブルに突っ伏す楓さん。その姿はまるで夏場に放置していたらデロッと溶けてしまったチョコレートのようだ。可愛いので思わず頭を撫でたくなるのだが、どうしたら元気を取り戻してくれるのだろうか。
「これはあれです。勇也君と一緒にお風呂に入ってハグしてもらって、お布団でギュッとして「今日はお疲れさま、楓。カッコよかったよ」とイケボで囁いてもらいつつ頭をナデナデしてもらうフルコースじゃない復活しません」
「……そのようなコースは当店では用意しておりません」
「どうしてですかぁ!? いいじゃないですか! 今日頑張ったご褒美をくださいよ!?」
ダムダムとテーブルを力強く叩く楓さん。いや、そういうご褒美は明日じゃダメですかね? 優勝したご褒美の方がありがたみとか喜びが増しませんか? なんなら優勝したら今楓さんが言ったことは全部するよ。恥ずかしいけど。
「もちろん優勝のご褒美は欲しいですよ!? でも今日は今日の分で欲しいんです! 別腹です!」
えぇ……。食後のデザートは別腹です! みたいなノリでご褒美を求められても困りますよお客様。でもこのまま何もしないと楓さんのむくれっ面は解消されないし、袋小路とはこのことか。
「わかりました。明日のフルコースにデザートを追加してくれるなら今日のところはデザートだけで我慢します」
「あのフルコースにまだ何か追加するの? というか今日はそのデザートだけは注文するんだね?」
そのデザートとはいったい何なのだろう? 混浴、添い寝、囁き、ナデナデ。それ以上に何をすればいいのだ?
「勇也君は鈍感さんですね。そんなの一つしかないじゃないですか」
「―――え?」
なにそれと尋ねようとしたら、身体を起こした楓さんが身を乗り出しながら俺の頭を掴んでそのまま唇を重ねてきた。
ふっくらとして柔らかく、しっとりとして艶のある唇。慈しむような優しくて甘いキスに身も心も蕩けていく。静寂なリビングに微かに響く水音と楓さんの吐息が耳朶を打ち、脳を溶かしていく。
「……んっ。勇也君……大好き……」
俺も、と言い返そうとしたところで俺の拘束を解いて楓さんは離れた。ほんの一瞬の口づけだったけれど、楓さんの頬にはほんのり朱が挿しており、その瞳は獲物を見つけた豹のようで実に艶めかしい。
「フフッ。これがデザートです。ごちそうさまでした、勇也君」
「あ、あぁ……お粗末様でした」
「でも……なんだか食べたりないみたいなんですが……おかわりはありますか?」
舌なめずりをしながら尋ねてくる楓さん。その表情はいつものような可愛らしさは鳴りを潜め、狙った獲物は逃さないデンジャラスなビーストモードだ。
「フフッ。今日の所はこのキスだけで我慢します。でも明日は……たくさんキスしてくださいね?」
「あ、あぁ……うん。わかった」
「えへへ。それなら今日の分のご褒美はこれで我慢します! さぁ、勇也君! 一緒にお風呂に行きましょう! 頑張った勇也君の背中を私が流してあげますよ!」
「あ、今日は大丈夫です。一人で入って一人で洗うから」
どうしてですかぁ!? と涙目で叫ぶ楓さんを無視して俺は一人で風呂場へと向かう。どうしても何も、今混浴したら理性が崩壊するからです。
「……勇也君のいけずぅ」
楓さんの可愛いブーイングが背中に突き刺さった。
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